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事件報道の役割についてちょっとだけ考えてみる

大阪地検の押収資料改竄事件で特捜検事が逮捕された件。マスメディアの皆さんが快調に捜査の進捗状況を報道しておられる。いまや捜査の焦点は大阪地検の前特捜部長に移ってきているらしい。いくつか拾ってみる。

特捜部長「自分が説明する」 隠ぺい積極主導か」(47news2010/09/30)
前部長「改ざんの可能性伝えた」…検事正は否定」(読売新聞2010年9月30日)
前特捜部長「処理、過失で」と発言 捜査資料改ざん」(日本経済新聞2010/09/30)
「故意の改ざんを報告」=前田容疑者、特捜部長らに-検事証拠隠滅事件」(時事通信2010/09/30)

やっぱり上司も知っていたんだ!逮捕すべきだ!みたいな路線だろうか。しかしまあよくいかにもな情報がどんどん出てくるものだ。なんだかとても既視感がある。何かと考えたら、この件の「発端」ともいうべき、厚生労働省の郵便不正事件。検察が暴走したとされる、あの件だ。あのときも、「暴走」の片棒を担いだのはマスメディアだった。今おきていることは、それと同じではないか。

もちろん、逮捕された検事や取調べをうけている前特捜部長を擁護しようとかそういうことではないんだが、あまりにも「反省」のない姿勢のように思われてならない。今この事件の取調べを行っている最高検は、組織防衛のために、なんとかこの件を個人の犯罪として片付け、「指導を徹底」して再発防止に努める姿勢をアピールすることで世論の反発を収めることに必死になってるはずで、その必死さは、逮捕された特捜検事が暴走したとき(したのだとすれば)のそれの比ではあるまい。取調べが恐ろしく過酷なものになるであろうことも想像できる。さすがに今回は物証をきちんと精査するだろうが、もともとこういうホワイトカラー犯罪は物証がとりにくいし、自白に頼らざるをえない部分が大きい。となれば、被疑者取調べの過程で、結果的に冤罪とわかって釈放された厚労省局長のときと同種の過ちをするおそれがあるはずだ。そういう認識もなく、「取材」でもらってきたリーク情報を嬉々として記事にする行動を続けてるというのはどういう神経なんだろうか。

記事の中には毛色のちがうものもいくつかある。朝日のこの記事は逮捕された検事に注目している。だがこれも、個人の犯罪だという方向へ世論を導く働きももちそうな書きぶり。

見立て違い、村木氏逮捕前に認識 検事、FD日付を把握」(朝日新聞2010/09/30)

産経のこの記事はもう少し露骨(?)で、前特捜部長には違法性の認識がなかったのではないかという可能性を示唆している。興味深い視点だが、刑事責任がどこまで及ぶかという点に関心が集中してる点では、上記各社の記事と同じカテゴリに入る。

【検事逮捕】前特捜副部長「過失判断」根拠を日誌に記録」(産経新聞2010/09/30)

いずれにせよ、これらも事件の捜査の進展状況について、一方の当事者である取調べ側の検察(今回は取り調べられる側も検察官だったりするからめんどくさいねえ)の話に基づいて書いてるわけだから、やってることの本質はそう変わらない。検察と同様、報道の方々も、冤罪事件を生み出しかねなかったのはなぜか、真剣に考えているとはあまり思えない。

じゃあ報道が今やるべきことって何?とつらつら考えると、それはやっぱり、今回のような事件を生み出す構造自体を明らかにしていくこと、ではないのだろうか。朝日のこの記事は、そっちの方向性かと思う。

「見立てに合わぬ供述通じない」 特捜捜査、経験者語る」(朝日新聞2010/09/30)

そもそも取調べのやり方がまずいのではないか、という指摘だ。同種の指摘、つまり、警察も含む、被疑者の取調べをする人たちが自白を偏重する姿勢をとっていること、そのためにかなり強引に調書を作ってしまうこと、被疑者に有利な証拠を隠してしまうこと、そしてそういう行動を裁判所が認めてしまうことについては、これまで何度も問題視されてきたはず。それはもはや、個人の暴走とか監督不行き届きとか、襟を正すとか言ってるレベルじゃない。まさに構造的要因だ。

その意味で、この朝日の記事に出ている元特捜部のこの人のコメントは、申し訳ないが的外れといわざるをえない。なんでこの人のコメントとったんだろう。

東京、大阪の両地検で特捜部にいた元検事の堀田力弁護士(76)は、検察が「真実を追い求める」という使命を以前ほど重く考えなくなったことが、FDのデータ書き換えの背景とみている。
 証拠集めや分析、関係者の聴取、アリバイの確認……捜査はこれらを延々と繰り返す作業だ。安易に結論を急ぐことはタブーだと教えられ、「筋読み」と呼ばれる当初の事件の見立てが違えば、ゼロからやり直した。
 東京地検特捜部時代に捜査に携わったロッキード事件では、特捜部副部長が事件のチェック役で、顔も見たくなくなるほど厳しく細かく指摘された。それだけに、村木厚子氏の事件で、前田検事の上司が、証拠や供述のチェックを十分にしていたのかどうかが疑問だという。
 堀田氏は今回の事件で、検察に対し、「証拠を改ざんしてまで有罪にしようとする組織」というイメージがついたとみている。「原点に返り、間違えるかもしれないという怖さをかみしめながら捜査するしかない」と言った。

「先輩」として「後輩」に心構えを説きたくなるのはわかるが、ことはもはやそういう精神論のレベルではすまない。構造的要因には構造改革で対処するしかない。可能性のある対応策の案はすでに提示されている。取調べの全面可視化や証拠の全面開示などだ。直接的な物証がないと有罪認定しない、という基準みたいなものを設定できるなら、それもアリなのかもしれない。また、そもそも今回の厚生労働省を含む官庁と各種団体や政治家との関係のあり方や、官庁の決裁システムだって問題にしうるだろう。

もちろんこれらについて報道されることはこれまでもあったろう。しかし冤罪事件に国民の関心が集まる今こそ、その構造的背景と、考えられている対策をきちんと伝えることが、被疑者取調べのこまごまについて、一方的な情報を鵜呑みにしていちいち伝えていくよりよほど重要なのではないか。

しかし、報道の役割はそこではまだ終わらない。取調べのやり方に問題があると指摘するなら、そのやり方こそが日本の高い有罪率、ひいては治安に関する安心感をもたらしてきた大きな要因であることも指摘する必要がある。取調べの方法に制約を加えれば、それらにまったく影響がないとは考えられない。当然捜査関係者が危惧するところなんだろうが、被疑者を逮捕できないケース、逮捕・起訴しても証拠不足で有罪にできないケースが、今までより増えてくると考えるほうが自然だ。

そういうトレードオフを示して初めて、私たちは選択をすることができる。冤罪を生みにくいが犯罪者の一部が処罰されない社会と、犯罪者は概ね処罰されるがたまに冤罪を生み出す社会と、どちらの社会を私たち国民は望むのかについての選択だ。もちろんどちらも重要なことはわかりきってるが、ぎりぎりのところで相反する要素があることは否定できない。はっきりいって、今はその点をごまかし、検察や警察に過大な期待をかけ、過重な責務を負わせている。よくいう「無謬性」神話の根っこの1つはここにある。検察や警察にとってはその方が有利だから黙ってそれを受け入れているんだろうが、その弊害を防ぐことはできない。その一例が今回表に出てきた事件であるわけで、あの検事が悪いとか検察官はみんな心を入れ替えろとかそういう話で終わってもらっては困る。

さらに、事件報道のあり方自体も、もっと突っ込んでいくべきところだろう。私たちは、現在マスメディアが奔走して提供してくれるような、被疑者取調べの状況を刻一刻伝えるような事件報道を望んでいていいのだろうか。それが単に私たちの低俗な好奇心を満たすためのものでしかないとしたら、それはそのために功を焦る捜査機関が暴走するリスクに見合うものなのか。あるいはもっと根本的にいえば、国民としての「知る権利」を担保するシステムとしてのマスメディアの正当な活動であっても、結果として冤罪の可能性を高めてしまうおそれを伴なう。もしそうだとすれば、そのトレードオフはどのように調整されるべきなのか。誘拐事件の報道に特殊な配慮をするのと同じように、報道された場合とされない場合とのメリットとデメリットをはかりにかけて考えるという当たり前のことを、犯罪報道一般に関しても行っていくべきではないのか。国民に対して、こんな代償を払っても今のような事件報道をしてほしいのかと問いかけるべきではないのか。

おそらくそういう小難しい内容は、ニュースをエンタメとして見る多くの国民が報道に求めるものではないかもしれない。特に今は広告収入も厳しいし、稼がなくちゃいけないし。しかしニーズがないからやらないというのなら、マスメディアの方々(の少なくとも一部)が常々ばかにするネットのニュースとさして変わらないではないか。そういう、情報に対する真摯な姿勢こそが、マスメディア発の情報がもつ付加価値であり、社会がマスメディアの存在を必要とする基盤のはずだ。もし「社会の木鐸」を自称し、社会からそう扱われたいのであれば、本質的な問題から逃げるべきではない。

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