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June 14, 2011

「英語は女を救うのか」

北村文著「英語は女を救うのか」(筑摩書房、2011年)

タイトルでざわっとした人、けっこういるにちがいない。うまいタイトル。

いうまでもないが、英語は言語の一種であり、表現行為やコミュニケーションのツールだ。基本的には、それ以上でもそれ以下でもない。・・などという理屈が現実には通用しないということは、ちょっともののわかった人ならだれだって知っているだろう。いろいろな意味で英語は、言語の中でも特殊な地位を与えられている。そしてそれは、女性にとってより「特殊」、というわけだ。著者はそれをふまえて、36人のさまざまな立場の女性にインタビューしながら、「英語」と「女性」の関係を探っている。

もちろん、英語が「特殊」なのは、日本の女性が置かれた環境の影響が大きい。典型的には、職業上の有形無形の差別や、出産・育児負担の偏りのように社会参加自体を阻害する諸条件など、「通常」のルートでは逃れられない制約をバイパスする方法として英語を操る能力が必要だと、少なからぬ女性が信じている。さらに、男性も含め今でも抜きがたく存在する西欧優位の価値観の下では、英語を身につけることは、「格上」である英語圏世界でのキャリアの可能性や、国内でも「あちら側」に立つことで、日本人男性とある意味「対等」になることにつながるのではないかと期待されるのだろう。

こうした機能を期待される「道具」は、たとえばMBAや博士号のような学位、公認会計士のような公的資格、あるいは有名企業での雇用やうらやましがられる職業など、他にもいろいろある。その中でも英語は、レベルにもよるが比較的間口が広いし、「すごさ」が見た目でわかりやすいから、幅広く受け入れられる余地がある。もちろん他の外国語も同類といえば同類だが、英語が一番使い道が広いことは否定できない。それに、著者も指摘しているのでもう少しつっこむと、欧米人男性とお近づきになれるかも、みたいな話も当然ある。著者が指摘する、英会話教室の男性向け広告と女性向け広告のちがいは、これが単なるやっかみではないことを物語っている。このブログでも、このあたりについてはとりあげたことがある(これとかこれとか)。こうした構造の上に、巨大な「英語産業」が成立しているわけだ。

本書で特に面白かったところは2つある。まず1つは、著者が英語を宗教になぞらえることで説明していることだ。英語によって女性に、より魅力的な自分という幻想や、それなしでは行けなかった新たな世界への「ドア」が開かれるという幻想がもたらされること。そしてそれを信じ、英会話スクールに大枚をつぎ込む「一般信者」女性たちの群の上に、英会話講師のような英語「を」仕事にする人たちや、英語「で」仕事をしている雲の上の「聖職者」たちが君臨する階層社会。実際に英語が女性を救うとは限らないが、救われると信じ努力することでやすらぎと生きがいが得られること。これらはすべて、英語を宗教と考えればとても納得がいく。「めぐみ」と「しばり」の双方をもった「混在するめぐみ」をもたらすという点も同じ。

もう1つは、本書がその随所で「断絶」について取り上げていることだ。上記のような英語の「聖職者」と「一般信者」だけでなく、それぞれの中でもランクに応じた断絶はあるし、あるいは「帰国子女」とそれ以外、英語に関わる仕事をしているかどうかなど、「断絶」の切り口はたくさんある。同じ「信仰」をもつものとして、あるいは社会的にハンディを負わされた女性同士として、団結できればと考えがちだが、そううまくはいかない。その断絶こそ、女性たちが英語に求めた「私は他とはちがう」という幻想そのものだからだ。階層社会の「上位」との断絶に苦しみ、「下位」との断絶に安堵する彼女たちの姿を、誰が笑うことができるだろうか。それは依然として男性優位の社会の中で自分の居場所を探す多くの女性の姿そのものだし、競争社会の中で自分のポジションどりに汲々とする男性の姿ともさしてちがわないはずだ。

1つネタばれをしておくと、この本は、「英語が女を救うのか」という問いに対して回答を与えてくれるわけではない。まあ、もとより、回答を求める類の問いではない、ということなんだろう。その代わりこの本は、英語について、というか、英語と日本人のかかわりについて、あるいは日本における女性をめぐる状況について、考える機会をふんだんに与えてくれる。英語で「新しい私」になりたい方も、英語を鼻にかける人たちを嘲笑してやりたい方も、それなりに「求めるもの」は得られるかもしれないが、同時に、もう少しじっくり、あまり心地良くない部分も読んでみると、新たな気づきがあるかもしれない。

というわけで、男女問わずすべての日本人におすすめ。


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Comments

うまいタイトルですね。

Posted by: よし@お金持ち研究 | January 22, 2013 01:58 AM

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