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November 28, 2011

野村理朗著「なぜアヒル口に惹かれるのか」

野村理朗著「なぜアヒル口に惹かれるのか」(メディアファクトリー新書、2010年)

タイトルは今となってはけっこうアレなんだが、内容はけっこう面白い。あと最初にことわっておくが、私は特段アヒル口属性ではない。

「アヒル口」ブームというのがいっときあった。ひとことでいえば、アヒルのくちばしみたいな口、という何のひねりもない説明になるが、もう少していねいにいえば「口角がキュッと上がり、口先はやや突き出たような状態」ということになろうか。Googleトレンドでみると、このことばはだいたい2010年2月ごろから急激に検索キーワードに出てくるようになって、今は概ね落ち着いた状況にあるから、まあまさしく「ブーム」だったわけだ。

Ahirukuchi

ブーム初期に話題になったのがこの記事。その後こんな本も発売されたりしている。

とはいえ、ことば自体はもっと以前からあったようで、この本によると、「アヒル口」という表現は1990年代終わりごろからあったらしい。私はほとんど何も覚えていないのだが、顔の研究者だけに以前から気づいていたのだろうか。もともとあまりいい意味ではなかったものが、鈴木亜美あたりからほめことばとして使われるようになった、とある。「現代用語の基礎知識2006」(2005年)にはすでに出ているのだそうだ。そして、それがブームとして突如湧き上がったのが2010年ということになるんだろう。

この本は、タイトルだけだと全編「アヒル口」人気の解説みたいに見えるかもしれないが、そういうわけではない。著者は認知科学の研究者で「顔」の研究をしている人らしい。つまり、人が顔をどう認識するかについて、脳科学その他の知見を縦横に活用して、アヒル口を題材にして語っている本なのだ。一般向けの本でもあり、またかなり新しい題材を取り上げていることもあって、学問的にいえばやや「踏み込んだ」記述になっているようだが、まあ、素人の読者としては気楽に楽しめばいいということだ。

そうはいっても、この本で分析される「アヒル口」人気のメカニズムはそれなりに複雑なので、ぜひ本でお確かめいただきたい。もともと笑っているように見えるからということだけでなく、顔全体の中で口というパーツに注目するメカニズムや文化の影響など、関係する要素はいろいろある。その意味で、この本を読んで最も強く感じたのは、現実社会の課題に取り組もうとすると、実に多くの分野の知見を必要とするのだな、という点だ(実際、本文中に東浩紀氏の「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」まで引き合いに出されている)。おそらく、この本で取り上げられた以外にも、たとえば経済学なら経済学なりの、経営学なら経営学なりの、あるいは哲学でも歴史学でも社会学でも、アヒル口ブームに対する何らかの説明はあるはずだ。

私としては、実のところ、この本が提示した見立てを丸ごと信じ込んでいるわけではない。素人の個人的な印象だけでちゃぶ台返しをしておくと、そもそも「アヒル口」人気というのは「アヒル口」そのものに対する愛好というより「アヒル口でかわいい女子」への愛好なのであって、アヒル口はそうした「かわいい女子」のチャームポイントの1つに過ぎない(失礼な表現になるが、「アヒル口だがかわいくない女子」に対する人気が高まったかどうか考えればわかる)。アヒル口のかわいい女子が90年代以降人気とはいえ、アヒル口でないかわいい女子の人気もずっとあるわけだし、90年代からことばがあったとしても「アヒル口」がブーム的に取り上げられたのは2010年からのほんの1年程度ということからみても、これはネットを中心とした一時的なバズと考える方が自然であるようにも思う。このあたりは、著者が認知科学系の人であるがゆえに抜け落ちた論点なのかもしれない。

とはいえ、それでもやはりこの本は面白い、というのがミソ。アヒル口の分析にいく前に登場するさまざまな「豆知識」的な情報は、アヒル口を念頭においたものであるだけにわかりやすく、興味深い。本来そういう知識はある程度の基礎知識や学問体系の理解があって初めて意味のあるものなのだろうが、単純にテレビの情報番組を見るようなノリで読めるのは素人の特権というものであろう。個人的に面白かったものをいくつか挙げるとこんな感じ。

・笑顔は口、怒りは目で判断している
・日本人は目、欧米人は口を重視
・ドーパミンは記憶力向上に影響する
・女性が同性のアヒル口を嫌うわけ
・日本人は遺伝子的に萌えやすい!?

詳細は本でご確認いただきたいのだが、中でも面白かったのが最後のやつ。「萌え」をどうとらえるかにもよるのだろうが、日本人に多いセロトニン・トランスポーター遺伝子の型の人が対人関係を重視する傾向を持ち、自分の好きな芸能人の動画を見ているとき特に愛着を感じやすいから「萌えやすい」という論理の流れは、やや強引ぽい感じもしなくもないが、まあそれなりに理解はできる。あとフロイト的に「口唇期」リビドーが満たされなかった反動で、みたいな話も出てきて、これはさすがにうーんという印象だけど。

あと、本筋と関係ないが、イラストが個人的にけっこう好み。この方らしい。この本はメディアファクトリーから何冊かいただいたもののうちの1冊なんだが、その中でまっさきにこれを手に取ったのは、正直なところ、このイラストの威力ではある(本書的にいうと、ドーパミンが出たんだろうな)。まあ、顔に関する本なのだし、そういう理由も許されるんじゃないかと。

ともあれ、アヒル口ブームが過ぎてしまった今でも面白い一冊。アヒル口大好きの方にも、そうでない方にもお勧め。



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