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February 18, 2012

取り調べの瑕疵化

小沢一郎氏の裁判で、東京地裁が、検事調書の大半を証拠不採用とした件で、これで小沢氏が有利になった、との報道が流れてる。

弁護側「有罪の証拠消えた」 指定弁護士は「立証は十分可能」(産経新聞2012年2月18日)
石川知裕衆院議員(38)=1審有罪、控訴中=らの捜査段階の検察官調書がことごとく却下された17日の東京地裁決定に、弁護側は「証拠は消えた」と「無罪」への自信を深める一方、検察官役の指定弁護士側も「意外感なし」と強気の姿勢を崩さなかった。

正直、裁判自体の行方にはさほど興味はない。これで政局がどうなるとかの話にはさらに興味がない。いやもちろんまったく興味がないわけじゃなくて、それなりに重要な問題とは思うが、あくまでそれなりに、であって、少なくとも現段階で、マスメディアの人たちが今騒いでるほどの意義はないんじゃないかと思うだけの話。

この件で最も興味があるのは、これが取り調べの全面可視化への議論につながっていかないだろうかということだ。

取り調べ可視化の現状についてはまあヤフートピックスあたりで直近の報道とかを見ればわかると思う。2006年から一部の事件で試験的に行われているが、裁判員裁判など一部の事件だけが対象で、かつ取り調べの一部しか可視化していない。これまで数々の冤罪事件で強引な取り調べや自白の誘導、調書の改竄などが行われたことは明らかとなっているが、全面的な可視化に対しては根強い抵抗がある、ということらしい。「真実の供述が得られなくなる」「容疑者との信頼関係の構築に支障がある」という話だそうで、組織犯罪なんかのケースを引き合いに出してるんだが、それなら組織犯罪のケースを例外にすればいいだけで、正直よくわからない。素人的には、明るみに出たら正当化できないような取り調べ方法が一般的に行われているのだろうと想像するのが自然だ。

今回のケースは、取り調べられていた石川議員がその模様を密かに録音していたことが決定的な証拠となったが、このことは重大な意味を持っている。まず、こうした録音なしに違法な取り調べを被告が主張しても、まず聞いてはもらえないだろうということ、さらに、今回のケースで「学習」した警察や検察は、今後は、あぶなそうな場合はまず録音機を隠し持っていないか身体検査するなど、録音を阻止する行動をとるであろうということだ。この種のレコーダーは既に広く普及してるから、これまでも、取り調べの模様を録音した人はいるようだが、いうは簡単でも実際にやるのはやはりなかなかむずかしいらしい。

任意の取調べを受ける時、それを録音できるか?について。
「警察なめてたら殴るぞ!」密室取調べの録音テープが公表 これは可視化されたらマズいわあ

※追記
こんなニュースも出ていた。

「有罪になる」検事、録音止め威圧…弁護側抗議」(読売新聞 2月18日)

福岡地検の検事が1月、現住建造物等放火罪に問われている男性被告(21)の起訴前の取り調べで、録音・録画を止めた後に「有罪になる」「真剣に思い出せよ」などと発言したとして、弁護側が地検に抗議したことがわかった。

この記事によれば、こんな経緯らしい。

・・検事から「取り調べは終了」と告げられて撮影も止められたが、この後も検事は「この事件で有罪になると思う。いや有罪になるけど、君の今後に影響することだとわかっているの?」などと発言し、約20分間取り調べを続けたという。同12日にも撮影終了後に「もっと真剣に思い出せよ」と強い口調で告げたとしている。

被告は一連の発言を弁護側が差し入れたノートに記載。否認したまま福岡地裁に起訴された。弁護側は「『有罪』と決めつけて取り調べている」などとして、地検に抗議書を提出。地検は今月13日、弁護人に「録画終了後、検事と容疑者との間にやり取りはあったが、『有罪になる』という趣旨の発言などは確認できなかった」と説明したという。

これこそ一部可視化の検察にとっての「正しい使い方」だろう。この被告人が主張する自白の強要は「言った言わない」の水掛け論にしかならない。裁判で証拠採用されることはなさそうだ。一方、自白していれば調書に記載され、証拠として採用されるにちがいない。こうしたやり方が裁判をどのようにゆがめるかは明らかだ。これでも問題ないと考える専門家がいるなら、明らかに一般常識からはずれている。裁判員制度を導入したのは、司法に一般人の感覚を取り入れたかったからではないのか。ならばこの点でも、やるべきことははっきりしている。(追記終わり)

取り調べにあたる方々のご苦労も想像してみたりはするのだが、明らかにできないというのはそれだけで「何か後ろめたいことがあるんだろう」とみられるわけで、この期に及んで「取り調べに支障が」とかいうのはどうにも筋の悪い反論だと思う。「可視化」は「全面公開」を必ずしも意味するわけではないし、少なくとも表向きに主張されている弊害なら、ある程度緩和する手も考えられなくはないのではないか。現在のような部分可視化では、つごうよく編集されてしまう恐れを否定できない(調書を改竄する人たちが録音や録画に手を入れないと信じる方が難しいではないか)。これでは取り調べの「可視化」どころか「瑕疵化」になってしまう。もともときわめて高い信頼があってこその組織なわけで、それがゆらぐことの方が、社会へのインパクトははるかに大きい。その意味では、そろそろ観念して、全面可視化へと舵を切るべきときなのではないかと思う。

ただし、だ。

この話を裏返すと、私たちも、警察や検察に、これまでほどの成果を期待できなくなるかもしれないということになる。そもそもこの問題の背景には自白偏重の捜査手法があるという話は広く知られているわけだが、それは自白をさせることが他の手法に比べてやりやすいという事情があったからだろう。きちんと証拠を積み重ねてとかいったって、そう毎回うまくいくとは限らないし、自白に頼れなくなれば、犯罪をみすみす見逃さざるを得ないケースが少なからず出てくるにちがいない。警察や検察の方々はそこを主張しておられるのだろうから、そこで私たちが何を望むか、が問われることとなる。

少しくらい冤罪に泣く人が出てもやむを得ないからばんばん取り締まってほしいと思うか、それとも、少しくらい犯罪が見過ごされてもかまわないから、冤罪に泣く人をなくしたいと思うか。

この問題を警察や検察の人たち、冤罪に泣いた人たちだけの問題ではない。将来冤罪に問われるかもしれない私たちの問題であり、また一生警察や検察とは無縁で過ごす私たちの問題でもある。他人事ではないのだ。


ちなみに一応ことわっておくが、下に挙げた本は「取り調べ」に関する本ではない。「取調室のカツ丼」のような、ドラマのベタ表現がどこからきているのかを調べた本で、けっこう面白かった。ちなみに実際の取り調べではカツ丼を出してくれたりはしないと風のうわさに聞いたが、これまで取り調べられたことはないので、事情ご存知の方はぜひご教示いただきたく。


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