他にやることがあるだろう
岩波書店が「縁故採用」をするという方針を出してるとかで、一部で騒ぎになってた。なんでも厚生労働大臣が調査すると言ったとか言わないとかで、えらくおおごとになってる。
「小宮山厚労相:岩波書店の縁故採用に言及」(毎日新聞2012年2月3日)
小宮山洋子厚生労働相は3日の閣議後の記者会見で、岩波書店が13年度の定期採用で同書店の出版物の著者や社員の紹介を応募資格にしたことについて「公正な採用・選考に弊害があるという指摘かと思うので、早急に事実関係を把握したい」と述べた。
厚労大臣というのはそんなにヒマなのか。
実際の採用ページには、こんなふうに書いてある。
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2013年度 社員募集要項(岩波書店著者・社員紹介)
募集の種別 2013年度定期採用(経験者含む)
担当業務 出版業務全般
採用人数 若干名
入社時期 2013年4月
(都合のつく方には、上記以前に入社をお願いする場合があります)
応募資格
A: 4年制大学卒業者(2013年3月卒業見込者を含む)
1982年4月2日以降生まれ
B: 出版関連業務(編集/製作/校正/販売/宣伝/経理/総務等)経験者=学歴は問わない
年齢:35歳程度まで
※岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること
応募期間 2012年1月23日(月)~3月16日(金)[当日消印有効]
筆記試験 4月8日(日) 試験時間:9時~12時40分(予定) (詳細については、書類選考合格者にメールまたは郵送で通知します)
面接試験 第1次:4月14日(土)/第2次:4月18日(水)/第3次:4月21日(土)
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まず、縁故採用自体は必ずしも違法行為というわけではない。年齢や性別、障害や労働組合などによる差別については具体的な法規制があるが、それ以外の場合、少なくとも民間企業がどのような採用基準を設けるかは原則自由とされている。このあたりは他にも主張している人をウェブ上でたくさん見かけた。
あと、厚生労働省サイトには「公正な採用選考チェックポイント」なるページがあって、「採用選考時の身元調査や合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断は行わないようにすること、思想や宗教といった本来自由であるべき事項、本籍、出身地、家族に関してなど本人に責任のない事項については、調査をしないようにすること」を企業に求めている。「縁故」ということで、家族に岩波の著者や社員がいるケースを連想すると、このチェックポイントにひっかりそうな気も一瞬するが、そもそもここで岩波書店が求めているのは「紹介」なのであって、縁戚関係とかではない。採用時に紹介状を求めることは今でもふつうに行われているはずだ。これを「縁故採用」と呼ぶこと自体がミスリーディングというものではないか。
縁故にせよ紹介状にせよ本人の能力以外の部分で採用を左右するのはおかしい、という意見もあるかもしれない。新卒採用ならまだそういう理屈もわからなくもないが、見ればわかる通り、岩波のケースは「新卒」採用ではない。「A:4年生大学卒業者」の方は30歳未満、「B:経験者」の方は35歳程度まで、となっている。30歳や35歳ともなれば、岩波書店の著者や社員に紹介状を書いてもらえる状況にあるかどうかは、本人の努力なり能力なりの問題といってもおかしくないだろう。その中で新卒者が採用されたければ、同じようにやるしかない。雇用対策法施行規則第1条の3第2項は
「事業主は、法第十条 に基づいて行う労働者の募集及び採用に当たつては、事業主が当該募集及び採用に係る職務に適合する労働者を雇い入れ、かつ、労働者がその年齢にかかわりなく、その有する能力を有効に発揮することができる職業を選択することを容易にするため、当該募集及び採用に係る職務の内容、当該職務を遂行するために必要とされる労働者の適性、能力、経験、技能の程度その他の労働者が応募するに当たり求められる事項をできる限り明示するものとする」
と規定している。著者や社員の紹介をとりつけることが当該応募者の能力の証明であるとするなら、それは「当該募集及び採用に係る職務の内容、当該職務を遂行するために必要とされる労働者の適性、能力、経験、技能の程度その他の労働者が応募するに当たり求められる事項」なのであって、それを募集時に明示することはむしろ法の意図に沿ったものであるともいえるのではなかろうか。
というか、そもそも岩波書店の定期採用って「若干名」規模なのであって、これにわざわざ政府が口出してどうこうっていうのはちょっとおおげさだ。新卒者の就職問題ということなら、非正規雇用の問題とか内定切りの問題とか、もっと大きなところで、他にやるべきこと、すぐやるべきことが山ほどあるだろうに。まあ今回の件は、どちらかというとメディアが大騒ぎして大臣にぶつけたから大臣もそう答えざるをえなかった、ということなのかもしれないけど。
報道では、岩波書店はそういう数名程度の採用枠に対して毎年膨大な人数が殺到するため入り口を絞ろうとした、と伝えられていた。この点はあまり注目されていないように思うが、実はけっこう重要なポイントだ。多くの学生が大手企業、有名企業に殺到するから、企業としてはエントリーシートなどの応募関連書類を長々と書かせるとか説明会の機会を充分には用意しないとかの方法で対策をとらなければならなくなるし、学生の側も、応募書類書きや企業回りに時間を割かれ、勉強が充分できなくなったりする。ひょっとしたら、多くの学生が「第一志望」の企業に入れなかったとの失望感を抱いて労働意欲自体が下がる、なんてこともあるかもしれない。
だとすれば、こうしたミスマッチが減っていくような対策をとっていくのが、行政の向かうべき方向性ということになるのではないか。部外者なのであまり明確なイメージはないが、たとえば、中小企業と学生の出会いの場を強化していくとか、大学におけるキャリア教育のプログラムにもっと予算つけるとか、そういう感じの。あと、雇用対策法第10条関連で、大学生が既卒者に対抗するため在学中に勉学をおろそかにして就職活動に奔走しなくてもいいように、学生卒業前の採用活動を規制する、みたいな方策もありうるのかもしれない。ともあれ、大臣が何といおうと、厚労省のご多忙な皆様にはぜひ、特定社の若干名の要紹介採用に文句つけるよりもっと有意義なお仕事に邁進していただきたく。
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Comments
「岩波書店社員の紹介」だけならともかく、「岩波書店著者の紹介状」も有りなんですよね。新卒者なら大学の先生の中に著者はいるだろうし、既卒者でも、労働問題についての著書がある人等にコンタクトを取れば、紹介状を書いてもらうのは、そんなに難しくないような…。
まあ、岩波書店が一番取りたいのは、「業界にそれなりのコネがある経験者」なんでしょうが。
Posted by: ryo | February 04, 2012 01:58 PM