« 「ソーシャルメディア時代のリスクコミュニケーション」資料 | Main | みすず学苑、今年はアートの世界へ »

March 05, 2012

「ぞっとした」にぞっとした話

最初に目にしたときから、何か違和感があった。

福島第一原発の事故に関する民間事故調(正式には「東京電力福島第一原発事故に関する独立検証委員会」というらしい)の報告書が公表されたとするニュースについての話だ。たとえばこれ。

菅首相が介入、原発事故の混乱拡大…民間事故調」(読売新聞2012年2月28日)
東京電力福島第一原発事故に関する独立検証委員会(民間事故調、委員長=北沢宏一・前科学技術振興機構理事長)は27日、菅前首相ら政府首脳による現場への介入が、無用の混乱と危険の拡大を招いた可能性があるとする報告書を公表した。
報告書によると、同原発が津波で電源を喪失したとの連絡を受けた官邸は昨年3月11日夜、まず電源車四十数台を手配したが、菅前首相は到着状況などを自ら管理し、秘書官が「警察にやらせますから」と述べても、取り合わなかった。
バッテリーが必要と判明した際も、自ら携帯電話で担当者に連絡し、「必要なバッテリーの大きさは? 縦横何メートル?」と問うた。その場に同席した1人はヒアリングで「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」と証言したという。

違和感を感じたのは、この「ゾッとした」というくだり。変だ変だと思っていたら、その理由がやっとわかったので、できるだけ手短に。

上記記事の論調は、事故対応において菅首相(当時)の過剰な介入に問題があった、というもので、それ自体には違和感はない。実際、当時からちょっとやりすぎだとは思っていたので、それが実際に事故対応の阻害要因になったという評価だというなら納得がいく。

違和感があったのは、「首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした」という証言だ。「首相がそんな細かいことを聞くのは国としてどうなのか」という疑問と、「ゾッとした」という感想とがどうもいまいち結びつかない。百歩譲って結びつくとするなら、何かが抜けている。たとえば「首相がいちいちこんな細かいことをやっているのではこの緊急事態において首相が下すべき重要な判断が遅れてしまい最悪の事態が起きてしまうかもしれない」みたいな話が間に入るならわかる。が、それがない。

記事書いた人は違和感なかったんだろうかと思っていたら、その「ぞっとした」ご本人である内閣審議官の下村健一氏ツイッターで発言の真意を明かしておられた。

つまり下村氏は、「そんな事まで自分でする菅直人に対し「ぞっとした」のではない。そんな事まで一国の総理がやらざるを得ないほど、この事態下に地蔵のように動かない居合わせた技術系トップ達の有様に、「国としてどうなのかとぞっとした」のが真相」「実際、「これどうなってるの」と総理から何か質問されても、全く明確に答えられず目を逸らす首脳陣。「判らないなら調べて」と指示されても、「はい…」と返事するだけで部下に電話もせず固まったまま、という光景を何度も見た。これが日本の原子力のトップ達の姿か、と戦慄した」というわけだ。

これならわかる。誰だってぞっとするだろう。一番の当事者が、事態への対応を何ら打ち出すことすらできずにいたわけだ。このとき東電が福島第一原発から「全員退避」する方針だったかどうかについて、東電側には異論があるらしいが、仮に東電の言い分が正しくて、本当は全員退避という話ではなかったとしても、緊急事態を前に固まったままのこういう人たちを見ていたら、本当に全員退避するつもりなのかも、と疑ってしまったかもしれない。

というわけで疑問は解けたわけだが、まだ気になるところはある。この「ぞっとした」発言、上記の読売新聞の他、朝日新聞(「菅首相らの原発対応「泥縄的な危機管理」 民間事故調」2012年2月29日)でも報じられているが、毎日新聞(「民間事故調:福島第1原発 官邸初動対応が混乱の要因」2012年2月27日)や東京新聞(「福島第一 対応「場当たり的」 民間事故調が報告書」2012年2月28日)は、ネットで見た限りでは報じていないようだ。見比べていただくとわかると思うが(見出しだけ見てもわかる)、「ぞっとした」発言を報じている読売と朝日は菅首相(当時)の責任をより強調しているのに対し、毎日や東京では東電や原子力安全委などいわゆる「原子力ムラ」の人々のだめっぷりがまず強調されていて、それに加えて「官邸」(首相ではなく)の対応にも問題があったという位置づけになっている。

この4つのメディアの4つの記事を見比べただけなので確たることはもちろんいえないからあくまで印象論だが、どうもこの「ぞっとした」発言は、菅元首相の責任を強調するためのネタとして使われたということなのではないか。客観的な報道のふりをして、主観的な評価をすりこもうとしているようにしか思えない。で、そのためなら違和感の残る文章をそのまま書いても平気、「ぞっとした」発言の裏付け取材などすっとばしてしまっても平気という乱暴さも兼ね備えているわけで、こうなると別の意味でぞっとせざるを得ない。ぼーっとしてるとこんなふうに誘導されてしまうのだ。私は菅元首相の当時の行動については批判的な見方(というか、そもそも就任時から首相として適任者ではないと思っていた)をしている方だと思うが、それでもこういう露骨な誘導記事っぽいものには不快感を感じる。ステマどころの話ではない。はるかに悪質だと思う。

こういうことがわかるのも、インターネットとソーシャルメディアの発達によって「当事者」が直接情報発信できる時代になったことが大きいと改めて思う。マスメディアの皆さんには受難の時代かとは思うが、こういう時代だからこそ、「プロ」の「ジャーナリスト」ならではの仕事を見せていただきたい。願わくば、大衆を誘導するのではなくエンパワーする方向でぜひ。


Tumblrに投稿

Evernoteにクリップ

|

« 「ソーシャルメディア時代のリスクコミュニケーション」資料 | Main | みすず学苑、今年はアートの世界へ »

Comments

噂レベルですがhttp://enzai.9-11.jp/?p=10614
ジェラルド・カーティスと船橋洋一は、CIAへの情報提供者問ういう情報。独立検証委員会の親団体「日本再建イニシアティブ」の理事長が船橋。
アメリカNRCのクーデターヤツコ氏降ろしのリーダービル・マグウッドは東電や電事連の顧問をしていた。
「放射性廃棄物特措法」(H23法律110号)議員立法。2011年6月頃には自民公明が提出検討との情報。蓋を開けたら民主が提出。土地収用法や地方自治法の改正まで伴う。到底議員が草案を作れる代物でなし。熟達の官僚、原子力の専門家、医師、地方自治体の超エリート(頭脳明晰との意味。ポストでなし)らでなければできない精緻な法律。8月末にほとんど審議されることなく数分で可決。しかも、アスベスト規制についての法律と抱き合わせて審議というウルトラC。提出者の1人江田環境大臣は、超簡単な質問に抽象的な答弁しかできず。頭に条文すら入っていない。まあ議員はこの程度だが。反原発推進勢力は2011年1月末頃まで、この法律が「広域処理」を進めるためのテコと分からず、別の法律99号と勘違い。日本の議員はもとより縦割りの官僚もこのようなものは作れるとは思えない。しかし日本の法律を知りぬいた人間しか出来ない。全ては点で存在している。どのように結びつくのか…今回の原発事故を俯瞰的に把握している何者かによって全てのシナリオが動かされているような。

Posted by: ポイフル | March 05, 2012 08:58 AM

朝日の記事は新聞では、前日に「報告は東電の無責任さを糾弾」という内容の記事を載せていて、ご指摘の記事は2日目でした。また、船橋氏はNYTimesでは菅氏の功績を指摘していたし、CBSのインタビューでは東電を非難していましたよ。

Posted by: hello | March 06, 2012 05:19 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「ぞっとした」にぞっとした話:

» [疑問]民間事故調とマスコミ [国家鮟鱇]
⇒H-Yamaguchi.net: 「ぞっとした」にぞっとした話 客観的な報道のふりをして、主観的な評価をすりこもうとしているようにしか思えない。で、そのためなら違和感の残る文章をそのまま書いても平気、「ぞっとした」発言の裏付け取材などすっとばしてしまっても平気という乱暴... [Read More]

Tracked on March 05, 2012 10:08 AM

« 「ソーシャルメディア時代のリスクコミュニケーション」資料 | Main | みすず学苑、今年はアートの世界へ »