岩下哲典著「江戸将軍が見た地球」
岩下哲典著「江戸将軍が見た地球」(メディアファクトリー新書、2011年)
いただきもの。多謝。こういう切り口の本は好み。
今もたぶんそうだろうが、私が中学や高校で歴史を教わったとき、日本史と世界史は全く別個の科目として扱われていた。日本史では日本の昔から今までを古いところから順番に、それとは別に世界史では、世界のいろいろな地域(主にヨーロッパとかあたり)の歴史を古いところから順番に、という具合だ。日本と世界とのつながりについては、全く出てこないわけではないが、必要最小限というか、添え物のように扱われていたような印象がある。
なので中学・高校時代はまったく気づいていなかったのだが、世界の歴史の流れの中で、おおざっぱにみればよく似たことが割と近い時期に各地で起きている、ということがけっこうあったりする。当然、その裏には世界を横断的につなぐあれこれの事情があるわけだ。それはたとえば気候変動かもしれないし、技術の進歩や産業の発展かもしれない。そうしたもののひとつが、国際交流ないし貿易であるのは当然の話。
当然の話であるにもかかわらず、江戸時代の日本に関しては、世界とのつながりをあまり意識しない、というか世界から孤立していたかのようなイメージを描くことが一般的には多いのではないだろうか。これはひとえに、「鎖国」ということばから受けるイメージによるものだ。確かに江戸時代の大半を通じて、国際貿易の相手国はごく限られていたし、入ってくる情報も必ずしも多いとはいえなかったろう。しかし、一般の人々はともかく、幕府の中枢にいれば、そうした情報も入ってくる。
本書は、歴代の将軍たちが世界からどんな情報を受け、どう対応していたかを追ったものだ。徳川15代を5つの時代に分けている。「第1章 黎明期 将軍は海外を翻弄する」は初代家康から第3代家光まで、「第2章 退潮期 将軍は海外をあなどる」は第4代家綱から第7代家継まで、「第3章 中興期 将軍は海外を利用する」は第8代吉宗から第9代家重まで、「第4章 混迷期 将軍は海外情報から遠ざけられる」は第10代家治から第14代家茂まで、「第5章 終末期 将軍は海外と手を結ぶ」は第15代慶喜をとりあげている。それぞれの時代背景や個人の性格、幕府や徳川家の状況など、さまざまな事情により、将軍たちの海外との接し方はちがう。必ずしも見識のある将軍ばかりではないが、そういう場合には重臣たちがそれなりに取り仕切っていたわけだし、むしろその方がうまくものごとが回る場合もある。そうした変遷は、今の日本の政治状況ともやや重なる部分があったりして、興味深い。
本書では初代家康の深謀遠慮を特に高く評価している。実際そうだろうと思うが、個人的には、すでに欧州ではどんどん封建体制がなくなっていく状況の中、傾きつつある幕府をなんとか立て直そうとし、自らをナポレオンになぞらえて体制維持のために奮闘した慶喜に共感を覚える。慶喜については、やけにあっさり大政奉還したな、と以前から思っていたのだが、実はそれこそが、ナポレオン役となって支配体制を維持しようという「名を捨てて実を取る」戦略だったというのはびっくりした。その望みは結果としてかなわなかったわけだが、もしそれがうまくいっていたら、明治政府はドイツ型ではなくフランス型の体制になっていたかもしれない、と想像するとちょっと楽しい。
もうひとつ思ったのは、歴史というのは時代によって変わるのだなということ。今の教科書では、「鎖国」と括弧書きにするらしい。このことばでイメージされるような国を閉ざした状態ではなかったということが教えられているということなんだろう。新たな事実が出ることもあるだろうし、その見方も変わってきたりするのだろう。昔習った人たちは、歴史をもう1度勉強しなおさないといけないのだろうな。
基本的に、こういうひとつのテーマで歴史を切ってみせる系の本は好きなのでおおいに楽しめた。気楽に読めるので、皆様におすすめ。歴史の好きな人は特に。
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