« 「隠れられる社会」について | Main | 本型の電子書籍がほしい »

1億総犯罪者予備軍、もしくはエアチェック復権の時代について

私的違法ダウンロード刑罰化を含む著作権法改正案が衆参両院で可決成立し、施行されることとなった(関連記事)。違法ダウンロード刑罰化が含まれる修正案(こちらに実際の条文が出ている)に限っていえば、6月15日の提出から5日間で成立した計算になる。あれよあれよという間に、という印象が強いが、もちろんしかける側からすれば長年の悲願だったはずで、まんまと、という方が適切なのだろう。

違法ダウンロードに罰則、DVDリッピングも違法化」(2012年6月21日)
インターネット上で違法に配信されていると知りながら音楽や映像をダウンロードする行為(私的違法ダウンロード)に罰則を設ける条文を含む「著作権法の一部を改正する法律案」が2012年6月20日、参議院本会議において可決、成立した。市販DVDなどに施されているアクセスコントロール技術を回避してDVDをコピーする行為も違法となる。10月1日から施行される。

もともとの内閣提出の改正案には入っていなかったものを、修正案として後から議員立法でしれっと付け加えるという荒っぽいやり方もひどかったが、この修正案がまたかなり乱暴なものだ。反対する声は少なくはなかったと思うが、少なくとも国会を動かすほどのものにはならなかった。MIAUの方々の奮闘は今回も特筆すべきだったが、支持が今一つ広がらなかったことについては、強い利害に動機づけられた企業セクターやその代弁者たちに対して、弱い利害の他には善意しかない人々が長い期間にわたって対抗し続けることの難しさを改めて感じさせる。私自身も一応MIAUの会員なのだが、時間の都合等もあって今回は何もできなかった。何かしたとしてもさして役に立つわけではなかったろうが、やはり悔やまれるところだ。

したがって「なにをいまさら」な話であることは承知の上で、今つらつら思っていることを少しだけ…といいながら毎度の通りけっこう長くなっちゃったけど。

2012年6月19日の参議院文教科学委員会で行われた参考人質疑の模様をネット中継でチラ見していて、特に目を引いたのは、参考人として呼ばれた慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の岸博幸教授の発言だった。

詳しくは上記リンク先で動画をご覧いただければいいわけだが(やがて議事録も公開されよう)、国会での岸氏の発言の骨子は、こちらに書かれている内容とほぼ近い。違法ダウンロードは窃盗のようなものであり、そうした不正行為を禁止する法律に罰則をつけるのは当然、というものだ。この見方はわかりやすく一般受けを狙ったものだろうが、やはりこれはミスリーディングというべきだろう。

今回の違法ダウンロード罰則化の対象は音楽と映像ということになっているが、社会の中でやりとりされているこれらの著作物の中には無償でシェアされているものが数多く混じっており、かつそれらが合法にアップロードされたものかどうかをすべて事前に察知することは困難だ。結果として多くの人が、何らかの意味では違法アップロードされた著作物を知らずにダウンロードしてしまうリスクを負うことになるし、実際に行なってもいるだろう。

窃盗は、盗む対象物自体が盗品であることを要しない。違法ダウンロードは窃盗のようなものだとする岸氏の主張が適切だとするなら、アップロードが合法であるか違法であるかにかかわらず、自らが許諾を受けずにダウンロードする行為全体を罰しなければならないことになろう。しかし元の法律も修正案もそうなってはいない。著作権法では、私的使用のための著作物の複製を許容しているからだ。つまり窃盗のように、「自分に当該財物に関する権限があるか」ではなく、「自分がダウンロードしようとする当該著作物が権限者によってアップロードされたものかどうか」が合法・違法の基準となっているわけだが、後者を日常生活の現場で見分けるのは、前者に比べてはるかに困難だ。

一方、著作権法を知らなくとも、一般的な範囲で書籍や音楽CDを私的にコピーすることが合法であることはほとんどの国民が経験知として知っている。デジタル技術が普及した中で、同様のことをデジタル技術を使って行なっているだけ、というのが一般人の正直な感覚だろう。もし本件を、岸氏のように無理やり窃盗になぞらえるならば、日常生活の中でさまざまなものを入会地のようにして共同利用しているムラ社会の中で突然誰かが「それは盗品だ!お前知っていただろう!」と言われて逮捕される、といった状況の方が近いかもしれない。著作権を語るのに所有権のアナロジーを使うことは議論をミスリードするものだ。

ストリーミング再生はダウンロードではないからいいとされているものの、一般にストリーミング配信のように思われているサービスの中にはプログレッシブダウンロードが少なからず混じっているから危ない、とこの記事の中で壇俊光弁護士が見解を示している。違法ダウンロードの場合は著作権法第47条の8による一時ファイルの保存が許容されていない、ということだろうか。とはいえこの意味を理解できる人は、実際のところ全ネットユーザーのうちどのくらいいるだろうか。少なくとも修正案を出した国会議員たちの中にはほとんどいなさそうだ。何が合法で何が違法か、少なくとも一般国民には理解が難しいし、また実際理解されてもいない。

さらにおかしかったのは、同氏が民主党の森ゆうこ議員から、フランスのスリーストライク法の経済効果について聞かれ、いったん「売上が増えたから効果があった」と回答したものの、その後森議員から「最近のデータでは落ちているようだが」と指摘されると今度は「他の要因もあるので検証を始めるときりがない」と回答を変えたことだ。収入が増えた部分は規制の成果であるのに減った分の理由は検証できないからわからないというのは論理として明らかに苦しい。

元経産官僚にして現大学教員である同氏の知見を考えると、このような発言は理解に苦しむ部分がある。しかし同氏が、同時に「音楽パッケージの販売、音楽・映像コンテンツの配信」を主たる事業目的とするエイベックス・マーケティング㈱の非常勤取締役(同社リリースによれば2010年3月23日就任。Wikipediaによれば同年4月よりエイベックス・グループ・ホールディングス㈱顧問でもあるらしい)でもあることを考え合わせると、こうした発言の意味はまったく異なってくるだろう。

本旨からやや脱線するが、岸氏が上記のような主張を、国会という場で、企業との関係性を全く示さずに述べたことは大変残念だ。この点に関する私の考え方については、若干テーマはずれるがちょっと前にシノドスジャーナルに書いたものにほぼ現れている。要は、専門家がその専門分野について責任ある言論を展開する際、そこで言説の対象となっている組織や個人との関係性はその当人によって自ら明示されるべき、ということだ。

本職は大学教員だからそう表示すればいいという考え方なのだろうし、確かにあらゆる関係性を明示すべきとまでは思わない。しかし、あの場において岸氏は明らかに、法案に賛成の立場として呼ばれていた。にもかかわらず、そこで企業の利害関係者としての自らの立場を明示せずに、あたかも学術専門家としての意見であるかのようにふるまいながら当該企業に有利な発言を行ったことは、他の参考人、たとえば津田大介氏や久保利英明弁護士などが自身と音楽業界とのつながりをはっきりと説明した上で論陣を張っていたことと対照的だ。

もちろん、岸氏が専門家として真摯に自ら信じるところを述べたであろうことを疑うものではない。しかし、あのような場で企業との関係を明示しなかったことが、真相はどうあれ、同氏の発言全体に対する信頼性を大きく傷つけたことは事実だ。ネットでは、同氏の主張に対して「エイベックス取締役だからな」といった発言が数多く見られた。専門家らしい発言も、実のところ金銭に動機づけられていたのではないか、という疑いを少なからぬ人々に抱かせたわけだ。このように、関係性明示を怠ることは、言説の信頼性を損なわせる。少なくとも国会という重要な場においては、法案に直接の利害関係がある営利企業から有償(常識的に考えて無償ということはなかろう)で委任を受け、非常勤とはいえ経営責任の一端を担う取締役に就任した者であるという関係性を自ら明示し、議事録に残した上で発言するのがフェアというものだろう。

それはさておき、本題に戻る。

今回成立した修正案は、「違法アップロードと知った上でのダウンロード」を罰する規定となっていて、それが歯止めになっているという説明がなされているわけだが、知った上でのことかどうかは内心の問題だ。実際には逮捕され、取り調べの対象となった後でないと確かめることはできない。捜査段階では捜査する側が、何らかの根拠をもとに、勝手に「こいつは知ってるだろう」と目星をつけるのだろうが、それが正しいという保証などない。適当な理由で「狙い撃ち」されるかもしれない。別の問題ではあるが最近話題になったこの記事の内容が正しいとすると、捜査なるものが実はかなりあてずっぽうで行われているとの印象を強く受ける。いったん逮捕したら、警察のメンツにかけて是が非でも有罪にしようとするだろうことも容易に想像される。

警察がその気になれば、この条項はかなり「便利」に使える。実際には、何らかの理由で疑いをもたれた者のパソコンを押収し、違法アップロードされた著作物がダウンロードされた証拠を探し出して、弁護士接見不可能の取調室で、「家族が泣いている」「認めれば執行猶予がつくかも」のような捜査官お得意の「落とし」のテクニックで責め立てて、「違法と知っていた」という自白を「引き出す」といったやり方になるのだろう。これを別件逮捕の口実として使い、本件(典型的には違法アップロードあたりだろうがそれに限られる保証などもとよりない)に関する捜査を行ったり、「取引」の材料として使ったりすることも充分考えられる。国会でどのようなご立派な議論がなされようと、現場では違った、もっと生々しい論理で動くだろうと考えるのが現実的だ。

そもそも警察については、ここ数年だけでみても、無実の可能性が少なからずある者を犯罪者に仕立てるため、あるいは自分たちの不正行為をもみ消すために証拠を隠蔽し、あるいは「都合よく」紛失し、必要とあらば捏造すらする人物を内部に抱えていたケースが複数件報道されているわけで、その信用はいまや大きく揺らいでいる。もちろんそうした不心得者は、全体からみればごく一部だろう。しかし今回の改正は、極論すれば、日本の全人口の概ね8割前後を占めるインターネット人口の大多数を潜在的な犯罪容疑者とするものだ(その中には当然、警察や検察、官僚や政治家などの公務員も含まれるだろう)。しかし、こうした違法ダウンロードを行なっている人々の中でも、それよりはるかに悪質な行為である違法アップロードまで行なっている者はほんの一部でしかないはずだ。せいぜい数万人、多くても数十万人程度であろう悪質な著作権侵害者を取り締まればすむところを、今や1億人がリスクにさらされるに至った現状を考えれば、約30万人弱のうち少なくとも数人ないし数十人、潜在的には百人以上が違法捜査に手を染めているかもしれない警察組織を「不心得者は少数だから全体として信用できる」といわれてもハイそうですかと納得などできるわけがない。

実際の運用が条文よりずっと抑制的になるだろうというのは、まあ捜査機関の手間を考えれば当然だろうが、彼らがもつ「選択」の幅の広さを考えると、いくら起訴便宜主義とはいえ恣意的にすぎる。参考人質疑では、裁判所が令状を出す際にきちんとチェックするからそんなに変なことにはならないという発言もあったように記憶しているが、裁判所の令状がけっこう安直に出されていることは上記ブログ記事にあった児ポ法捜査の例をみてもわかる。詳しくは知らないが、確か令状請求が却下される率は事実上ゼロに等しいレベルの数字だったように思う。捜査機関が令状請求時点で慎重に運用しているからだということも考えられなくもないが、上記のブログ記事は、単に裁判所のチェックがザルだという可能性も充分にあることを示唆しよう。

全体として、この条項によって、著作権法は、ほぼ全国民にかけられた網の中から、恣意的に選ばれたターゲットに対して捜査の手を伸ばし、いったん疑いをかけられたら逃れるすべはないという、きわめて当局側に都合のよい支配システムたりうるものとなった。司法システムが犯罪者をピックアップして罰するものだとすると、今回の改正案は平穏に日常生活を送っている善良な一般人を陥れる第一種過誤が発生するおそれが非常に強いといわざるをえない。既存の法体系全体の正当性まで疑うのはさすがにどうかと思うが、新たに導入されようとしている規制に疑いの目を向けるぐらいはきわめて自然な感情というものだろう。

当然、このような「便利」なツールは、犯罪者たちも有効に「活用」できる。違法コンテンツやそれへのリンクをつけたメールを送りつけて開かせ、それをネタに金を脅し取ろうとする手法が蔓延するだろう。金銭目的ではなくても、同様の手口で「ターゲット」の社会的名声に傷をつけようという動きも出てくるにちがいない。一般人にとっては、著作権侵害で訴えられる可能性があるだけで重荷なのに、刑事事件の捜査対象になるおそれがあるとなれば、たとえ根拠のない疑いであっても金を払って逃れたいと思う人がいてもおかしくない。法令をよく知らないまま騙される事例の発生も避けられまい。いずれにせよ、私たちの生活は、多大なリスクにさらされ、不安とともに日常生活を送らねばならないという状態に追い込まれるわけだ。

岸氏は上記記事で、「なぜネットだけ特別扱いなのか」と問いかけている。ネットだけ違法行為が野放しに許される「特権」を認めるのはおかしいという趣旨だが、問うべき問題はむしろ別だ。著作権法が許容し、私たちが日常的に行っている、公開されたコンテンツを私的利用のために複製するという行為を、ネットを経由したものに限って規制しようとすることの方がよほど特別扱いではないだろうか。私たちは図書館等で書籍の一部のコピーをとるとき、当該部分の記述が著作権法上合法なものであるかどうかをチェックしたりなどしない。ネット利用の際だけ合法かどうかのチェックを求めるのは不公平ではないか。これだけネットが日常生活に密着したものとなった現時点でなぜ、ネットだけをねらい打ちしようとするのか。

…などと書いてみても後の祭り。法案はすでに可決成立した。日本弁護士連合会は、会長名で、刑罰化を白紙に戻す再改正を求める声明を発している。できればそうなってほしいが、いったん成立した法律改正の白紙撤回がそう簡単に実現するとは思えない。これで音楽産業の売上が急回復するとは思えないが、この改正は業界よりむしろ、捜査機関にとって大きな利用価値を持つ。ネットが広く普及した今だからこそ、意味のある「ツール」となったわけだ。もちろん音楽業界も、「効果」が上がらないことを確認したら、さらなる規制を求めるだろう。他のコンテンツ業界も黙ってはいまい。今後は同様の規制がすべての著作物を対象としたものとなる方向、また非親告罪化などへ向けた動きも早晩出てくるのではないかと思う。

嘆いてばかりもいられないので、対処方法を考えてみた。主に音楽について。

いうまでもないが、法で禁止されていない行為で逮捕、処罰されることはない。今回の改正では違法にアップロードされた音楽や動画をダウンロードする行為に罰則がついたのであって、合法にアップロードされたものを、技術的保護手段を回避することなしにダウンロードしたのであれば、当然ながら、問題はない。

では合法にアップロードされたものかどうかわからない場合はどうするか。壇弁護士の見解に従えば、プログレッシブダウンロードはアウトだ。Wikipediaには、オンデマンド配信にはプログレッシブダウンロードが向くとあり、YouTubeやその他動画共有サイト、Gyao!やYahooなどで使われているとある。まあ、当局の意図として、ネット配信をふつうに楽しんでいる人を摘発するようなことはあまり考えられないが、もちろん保証はない。もし本当にやったら、当局はさらに痛烈な批判を浴びるだろうが、ネットなど使わない政治家たちには伝わらないだろう。当局が狙うのは一罰百戒、というかみせしめのような摘発だろうが、たまたまその対象に当たってしまったら不幸を嘆くどころの話ではすまない。

ではどうするか。禁止されているのはダウンロード、つまりデジタル方式の複製なので、アナログ方式であれば問題はない。ちょっと前まで私たちが日常に行なっていたアナログ方式のエアチェックは、テレビやラジオなどの放送で流れている楽曲についてだけではなく、ネットにアップロードされたものであっても、アナログ方式の録音である限り違法とはならない。端的にいえば、イヤホン端子とマイク端子をコードでつなげばいいわけだ。動画の場合も、画面の前にビデオカメラを設置してそのまま録画するのであれば、今回の改正でも違法ではない(某隣国の廉価海賊版みたいだが)。この点は念のため公益社団法人著作権情報センター(CRIC)の「著作権相談室」に電話して確認した。いってみれば、エアチェック復権の時代がやってきたというわけだ。

もちろん、アナログ方式で複製を行えば、音質なり画質は劣化する。もともとデジタル複製への懸念は劣化がないため無制限にコピー作成が可能という点にあったわけで、アナログであればこの懸念は少ないから、禁止の対象に入っていないわけだ。デジタルコピーの「福音」ともいうべき録音録画のクォリティをいまさら捨てることなどできない、という人も少なくないだろうが、ものは考えようで、この点さえ容認できれば、話はぐっと楽になる。コンテンツ業界の方と話していていつも思うのは、音質や画質などに対する彼らの強いこだわりだ。もちろん優れた技量やノウハウ、プロとしての誇り等がそうさせるのだろうが、消費者の側もそういったものを期待しているにちがいないというのは、幻想が入り交じっているのではないか、とも思う。少なくとも私たちは、ほんの数十年前まで、プチプチとノイズが入る音楽を平然と聞き、ぼやけた画像を楽しんでいたのだし、それしかないとなれば、すぐにまた慣れるのではないか。

それがいやなのであれば、金をかけていい機器を揃えればいい。思えばデジタル技術の発達は、オーディオを趣味とする多くの一般人たちの「幻想」を打ち砕いた。私が子どもの頃憧れた高音質のオーディオ機器(もちろん実際には一般向けのちょっと高めの普及品程度のものだが)は、数千円からせいぜい2~3万円程度のデジタルガジェットにとって代わられ、おごそかにレコード針を変えたり、つまみの微調節でベストな音質を探るような儀式めいた楽しい諸作業は無意味のものとなった。残ったのはごく一部のマニアのための超高級機器だけだ。それはそれで幸せな変化だったわけだが、庶民のささやかな楽しみだった「プチお道具趣味」を崩壊させたという意味では不幸でもあったろう(機器メーカーにとってはなおさらそうだ)。それが今や、改正法のおかげで再び、普及型高音質アナログ機器の需要が生まれるかもしれない。オーディオ趣味復権の時代でもある。

もちろんこんなめんどくさいことはない方がいいに決まっているが、法律で決まった以上は守らねばならない。他の娯楽がどんどん充実してきていることを考えれば、こうして音楽に触れる機会が減れば、人が音楽に対して割くお金は、今後も低迷ないし減少が続くのではないかと想像する。私の目には、既存の音楽業界が自らの首を締めつつあるようにしか見えないが、岸「取締役」の弁を聞く限り、業界は売上拡大より不正防止の方が重要と考えているようだし、それでいいならいいのだろう。

もう少し大きな構図で考えれば、プロによる音楽の世界では売上の減少と少数の成功者への集中が起きているのと同時に、DTM等、ユーザー層が自ら音楽を作り出し、シェアしていく動きが起こっている。この流れが続くとすると、音楽の世界は総じてBtoB、つまりメディアがコストを負担して消費者に提供する少数のものと、CtoC、消費者間で有償ないし無償で流通する多数のものとに分かれ、BtoCは、それらの隙間でわずかに成立する鬼っ子のような存在になっていくのかもしれない。考えてみれば、それは録音技術以前の音楽の姿に少し似ている。いずれにせよ、時代の流れから離れていることはできない。変化を拒絶した業界が、最終的にはプレーヤーの交代によって変革を迫られる例はかつてもあった。音楽もまたそうした一例になるのかもしれない。

※追記
本件について参議院本会議で反対票を投じたのは次の12名の議員さんたちらしい。ソースはこちら。メモとして。
民主党:森ゆうこ
共産党:井上哲士、市田忠義、紙智子、田村智子、大門実紀史、山下芳生
社民党:福島みずほ、又市征治、山内徳信、吉田忠智
無所属:糸数慶子
(敬称略)


Tumblrに投稿

Evernoteにクリップ

|

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7022/55024784

Listed below are links to weblogs that reference 1億総犯罪者予備軍、もしくはエアチェック復権の時代について:

Comments

ん~・・・つまり、東京都における「非実在青少年健全育成法」の時と同じく警察スジの暗躍も関わってるということでしょうか・・・<違法ダウンロード刑罰化

Posted by: kaiou | June 29, 2012 at 07:54 AM

Post a comment