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「隠れられる社会」について

オウム真理教関連の特別手配犯で最後に残った1人、高橋克也容疑者が、17年間の逃走の後、西蒲田の漫画喫茶で発見され、逮捕されたという件。前日あたりからネットで「逮捕か」みたいな大騒ぎがあったわけだが、そのとき野次馬が集まった場所とは違ったところにいたわけだ。

オウム高橋容疑者を逮捕=都内の漫画喫茶に潜伏-地下鉄サリン事件の殺人容疑など」(時事通信2012年6月15日)
1995年に起きた地下鉄サリン事件などで特別手配されていたオウム真理教元信者の高橋克也容疑者(54)が15日、東京都大田区内で身柄を確保され、警視庁は殺人容疑などで逮捕した。

オウム関連の逮捕案件がこのところたて続けにあったから関心が高まっていたということもあるんだろうが、やはり大ニュースだ。新聞の号外も出たらしい。ネットでも、この件については、あちこちでいろいろな人がいろいろなことを言ったり書いたりしてる。何はともあれひとくぎり、ではあろう。長年捜査にあたられた関係者のご尽力には頭が下がる。ご遺族、被害者の方々の思いは想像するしかないが、これで無念が晴れるとはいかないまでも、少なくとも悪いニュースではなかろう。

個人的にもいろいろ思うところはあったのだが、1つだけ、少し本題と離れた話を書いてみる。

この高橋容疑者を含め、最近逮捕された菊地直子容疑者も、オウム摘発から17年間逃亡生活を続けたわけだ。17年はやはり長い。上記の記事によると、高橋容疑者はその17年間のうち「15年近く川崎市内に潜伏。偽名で同市川崎区の建設会社に勤め、昨年10月から本社建物内の寮に住んでいた」とある。そこでどんな暮らしをしていたのかについてはさして興味はないが(一部メディアとかジャーナリストとかライターとかには一大関心事だろうけど)、そこで十数年間「平穏」に暮らしていたという点自体には関心がある。

それは、そういうところなら、過去に何らかの傷を負った人が、ひっそりと誰にも注目されずに生きていくことができるのかもしれないな、といった意味合いにおいてだ。

最近は、ネットの普及もあって、なんというか、相互監視社会みたいになりつつあるといった指摘があちこちでなされてるわけだが、今でも領域によっては、そうでもない部分がある程度は残されているんだろう。以前から、農業や土木建設業、飲食をはじめとする各種サービス業等の中には、さまざまな理由で身元を探られたくない人たちを受け入れる余地があった。もちろん一般的には、重大な容疑をかけられている人物の潜伏を十数年間も許していたということはよろしくないと考えるのがふつうだろうが、もし、そういう場所だからこそ安心して生きていける人もいるのだとすれば、それは必ずしも悪いことばかりではないかもしれない、と。

こんなことに関心を持つのは、この話を連想してしまったからだ。

「政府、出所者再犯防止で対策素案 住宅確保など支援」(日本経済新聞2012年6月14日)
政府は13日、刑務所出所者の再犯防止に向けた総合対策の素案をまとめた。住居や仕事がない場合の再犯率が高い現状を踏まえ、定住先がない出所者らを一時的に受け入れる更生保護施設の機能強化のほか、住宅と就労先の確保支援、刑務所での職業訓練の充実を盛り込んだ。仮釈放者と異なり、保護観察制度がない満期釈放者への新たな支援策を検討する必要性も指摘した。

記事には「再犯率は1997年から上昇し続け、2010年は約43%に達したと指摘。10年の刑務所再入所者の約73%が無職だった。04年から08年までの5年間に適当な身寄り先がなかった再入所者のうち、約6割は出所後1年未満で再犯に及んでいた」ともある。

ここでいう再犯率は、平成22年版犯罪白書だとこのあたりのことだろうか。グラフにあるとおり、再犯率はこの10年ほど上昇傾向にある。出所受刑者の再入所状況はこんな感じ。仮出所者より満期出所者の方が再入所となる確率が高い、というのも上の記事と整合的だ。要するに、出所後の社会復帰がうまくいかないために、再び犯罪に手を染めてしまう人がかなりいる、ということ。

住宅にせよ、就職にせよ、出所者はかなり困難な状況にあるのは事実で、ここをどうするかは、本人たちだけでなく、社会全体としても関心事たるべきところだ。記事にも「再犯防止には出所者の円滑な社会復帰が不可欠と強調。国が運営する自立更生促進センターの受け入れ促進や民間の自立準備ホーム推進、住み込みでの雇用確保策の必要性を明記」とある。もちろんそれらは必要だろうが、おそらくそうしたものだけでは不充分だろう。出所者の「社会復帰」に出所直後の移行期が重要であるというのはいうまでもないが、その時期だけの問題ということでもないような気がする。

特に今みたいな情報社会だと、誰かに知られたくない過去をほじくり返されて、職や交友関係を失ってしまったりすることを恐れている人は少なからずいるだろう。もちろん、出所者以外にも、さまざまな理由で、周囲から妙な注目を浴びず平穏に暮らしていきたいと考える人たちがいるはずだ。

そういう人たちがそうできる社会とはどんな社会だろうか、と考えてみる。優等生的な答えは、プライバシーや個人情報保護が進んだ社会、ということになるのかもしれないが、私見だとおそらくそうじゃない。社会制度の設計や運用、何らかのシステム構築などでどうにかなる部分もあるだろうが、それは突き詰めれば、社会の中で人が人とどう関わるかに根ざした、ある種根源的な問題だからだ。

人が知りたいことの多くは、他の誰かが隠しておきたいことだったりする。プライバシーが権利で守られていようがいまいがおかまいなしに、人は自分が関わる他人のあれこれを詮索したがる。わずかな事実からあれこれ想像をめぐらしてふくらまし、法に触れない範囲のうわさ話として広めたがる。自らを詮索されたくない人が恐れるのは行政権力よりむしろ、身の回りの善良な人々だ。こうした場面(というか日常生活ではこうした場合の方が圧倒的に多いはずだ)では、法や技術はほとんど何の役にも立たない。

だとすると、周囲から関心を持たれずひっそりと平穏に生きたい人たちが生きやすい社会は、ひょっとすると、特別手配犯が身元を知られずに日常生活を送っていける社会と、割に近いのかもしれない。

もちろん、逃走中の容疑者が逃げやすい社会は、基本的には望ましいものではない。そういう輩には厳しく、同時に刑期を終えて更正を誓う出所者や、その他さまざまな理由でひっそりと生きていきたい人たちには優しく、というふうにいけば理想的なわけだが、どうもつらつら世の中をみるに、それらの両立は、現実にはなかなか難しいように思われる。

繰り返すが長年逃亡していた容疑者が逮捕されるのはもちろん喜ばしい。オウム真理教関連の犯罪者は皆厳罰を受けてほしい(というか残党の宗教団体はちゃんと賠償をしたのだろうか)。しかし同時に、もしそれが、私たちの社会がだんだん「隠れられる社会」から「隠れられない社会」の方向に向かっていることによって成し遂げられたのだとしたら、必ずしも喜ばしいことばかりではないかもしれない。

「水清ければ魚住まず」という。清廉高潔な人に対して使われることばだそうだが、社会にもあてはまるだろう。「魚」が住まないのは、「魚」(いうまでもないが人の暗喩だ)自身が高潔な存在ではないから適度な「汚れ」を好む、みたいなのが標準的な解釈なのかもしれないが、そういう場合ばかりではおそらくない。傷を負っている場合、弱い自らの身を攻撃から守りたいからという理由もあるはずだ。だとすれば、水の「汚れ」とはある種の「優しさ」のことでもあるんだろう。

今回の逮捕自体は喜ばしいと思うが、それ以外のところで最近、「魚が住めなくてもいいから水を清く」みたいな風潮が社会に蔓延してきてるなあ、とか思ってるところだったからつい、ちょっとイヤな連想をしてしまった。別にかっこいいオチがある話でもないので、このあたりでやめとく。



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Comments

>それ以外のところで最近、「魚が住めなくてもいいから水を清く」みたいな風潮が社会に蔓延してきてるなあ、とか思ってるところだったからつい、ちょっとイヤな連想

いつもいつもROMさせていただいてましてすみません。
この件については、まったく同意見です。ナイーブなのかもしれませんが、こういった感覚をお持ちになり続けられることは、とても重要なことだと思います。

どうか、ひ弱で負い目のある人にやさしい社会である方法を探り続けてください。もうご承知かもしれませんが、累犯障害者(http://www.amazon.co.jp/dp/4103029315)などを読んでそう思います。

Posted by: 今井 | June 16, 2012 at 11:05 PM

おっしゃりたいことは分かります。
犯罪の種類によってはそういうこともあるでしょう。

とはいえ例えば再犯を繰り返す性犯罪者には自分の家族や知人の近所に住んでほしくないという気持ちも当然あり。
被害が起こった後に色々言っても後の祭りだし。

再犯を繰り返す性犯罪者と「自分の家族コミで一緒に暮らすのもやぶさかではない」という人ばかりの町でもあればいいのかもしれませんが。

個人的には再犯を繰り返す窃盗犯や暴行犯と一緒ならいいのか?といわれてもそれも出来れば御免こうむりたいところです。

Posted by: 通りすがり | June 17, 2012 at 09:01 PM

> 通りすがりさん

それは、ネット上の実名主義や ID 追跡にも通じるかもしれません。

通りすがりさんや私のように、匿名で書き込む人の多くは善意だったりするのですが、一部とはいえ、匿名を隠れ蓑にして悪意の書き込みや中傷行為をする人がいて、裁判沙汰になったりします。
そういう人をできるだけ抑止するために、実名主義や ID 追跡といった発想が出てくるのですが、通りすがりさんは受け入れる勇気がおありでしょうか?(今すぐにでも「通りすがり」ではなく追跡可能なハンドルで書き込む勇気がおありでしょうか?)

私はありません。
なので、「犯罪者が近所に住んでほしくない」という感情は共有するものの、そのために監視社会が整備されるのにはためらいがあります。
家族や近所と話し合って意識を高めるようかな、と考えています。

Posted by: もう一人の通りすがり | June 25, 2012 at 11:16 AM

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