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ノマドとノマドワークに関するいまさらながらのあたりまえの話

ブロガーの習性として新しいネタにとびつくというのがあるのだが、最近諸般の事情でなかなかそれができず、内心くやしい思いをしている。その中の1つがちょっと前に主にネット界隈ではやった「ノマド論」で、いろいろな人がいろいろなことを書いていた。書こうと思ってあんまり人のものを読まないでいたのだが、最近あまり見かけないところをみると、もう話題としてはひとしきり通り過ぎた感が漂ってるようだ。

なのでほんとにいまさらなのだが、書かないままなのもいやなのでごく簡単に書き付けておく。

ぱらぱらと見かけた議論の中には、組織に属さずフリーランスとして仕事をする、ぐらいの意味で使われる「ノマド」と、オフィス以外の場所で仕事をする「ノマドワーク」の区別がついていないものがけっこうあって、それはおかしいよねといつも思っていた。当然ながら両者は別物だ。組織に属していなくても自分のオフィスを持ってそこで仕事をしている人はたくさんいるし、組織に属していて自分のオフィスもあるけど外出先でも仕事をする人っていうのもたくさんいる。そのあたり区別してないものはとりあえず参考にはならないと思う。

いうまでもないが、「ノマド」より「ノマドワーク」の方が実行ははるかに簡単だ。で、昨今の「ノマドワーク」の「ブーム」は、技術の発達によってこういうことがやりやすくなったよね、というしごく当然の話。昔から喫茶店とかで原稿を書く物書きの人はたくさんいたわけだが、通信ネットワークにつながった情報機器を使えば、連絡もとれるし調べ物もできるしということで、家やオフィスにいるときとそう変わらない環境で仕事ができる。ちょっとした空き時間も無駄にしなくてすむし、と。もちろん、かっこいいかどうかは本人による。いわゆる「※ただし(ry」というやつだ。

とはいえ、実際やってみればわかるけど、家やオフィスとカフェなんかは当然、同じではない。不便なことはたくさんある。私も別にかっこつけるわけでも何でもなく、まじめに時間に追われて(各所すいません)出先で仕事的な作業をすることがあるが、とても長い時間はできない。ひとつは電源で、最近は電源が利用できるカフェみたいな場所も増えてきてはいるが、せいぜい「増えてきている」程度なので、利用できるとは限らない。「利用できないかもしれない」というリスク自体が、ノマドワークへの意欲を萎えさせる。そうしなければならない場合はともかく、わざわざ出かけてまでカフェで仕事をしようなどとは、個人的にはまったく思わない。

さらに問題なのはトイレだろう。PCやら何やらを置いたまま席を離れるなんてことは、よほどなじみの店とかでもないととてもできない。いちいち荷物をまとめてもっていけば席を取られてしまうかもしれないし、1時間おきに違う店に移動なんてめんどくさくてやってられない。トイレを何時間でもがまんできる能力のある人はいいだろうが、そうでない人にとって、ノマドワークは出先でのスキマ時間の賢い使い方以上のものにはならない。というか、「ノマドかっこいいなあ」みたいなことを言ってる人がイメージしてるのは、多くの場合実際にはこういう「ちょっとしたノマドワーク」なのではないかという気がする。すっごく悪意のこもった表現をすると、「忙しいアピール」や「イキイキ輝いてるワ・タ・シ・アピール」の小道具としてのノマドワーク。

逆にいえば、もしそういう「現実のノマドワーカー」の悩み、つまり安心して荷物を置いてトイレに行ける場所がない、みたいな悩みを解消してくれるなら、それは大いに評価したい。各席に鍵付きロッカーみたいなのがある場所があったらいいと真剣に思う。ノマドワークをやってる人が大挙して押し寄せ大人気店になるのではないか。電源カフェとかやってる企業の方はぜひ各席に鍵付きロッカーの設置をご検討いただきたく。図書館でやってくれたらさらに狂喜乱舞なんだけど。アカデミーヒルズとかもそういうのがあったら会員になってもいいかも。

で、前者の「ノマド」の方だが、こちらは「ノマドワーク」に比べてはるかに敷居が高い。フリーランス、もっとはっきりいえば自営業でやっていくのは気力も体力もいる。何より必要なのは能力だろう。もちろん職種にもよるだろうが、本来の意味はともかく、今日本で使われる意味での「ノマド」は、単に雇われていないというだけの意味ではない。肉体労働でもなく知的労働、しかもたいていイメージされてるのはいわゆる「クリエイティブ」(業界の人が特殊なイントネーションで発音するアレだ)系の仕事だ。

「ノマド」ということで最近とりあげられる代表格は安藤美冬氏とイケダハヤト氏、ぐらいになるのだろうか。どちらもよくは存じあげなくて、前者については「「クリエイティブな仕事をされているのに、足立区」なんていうのじゃ、もったいない?」という「名言」をお吐きになって炎上し、「情熱大陸」で取り上げられた直後にネットワークビジネスへの関与を暴露されてさらに大炎上した人、後者については、ブログのアフィリエイトとかで月15万円稼いで暮らしててて、広告系のイベントとかによく呼ばれてる人、ぐらいの知識しかないが、いずれもそういうタイプのお仕事のようにお見受けする。

たいていの人はわかってると思うが、ああいう仕事は誰にでもできるものではない。乱暴にいえば、そういうことができる人は100人に1人いるかいないかみたいな感じだろう。そういう意味でいえば「We Are the 99%」の人たち向けではそもそもない。もちろん、残りの「1%」であったとしても、そう楽ではないと思う。ネットワークビジネス(よしあしはともかくあれはコミュ力のマネタイズ方法としては最も効果的なものの1つだろう)がらみで炎上した方も、月15万円で暮らしてる(これ自体優れたスキルであって、個人的にはこの方はこちらをウリにした方が一般向けにはいいのではないかと思う)方も、それぞれの必死の努力をされた結果だと思うので、私は笑ったり指差したりする気にはなれない。

実際、そういうあたりをわかってる人は多いはずだ。以下のような記事を見るまでもなく、昨今のノマドブームに乗っかって「雇われない生き方」みたいなものをめざす方は、正直なところそう多くないだろうと思う。少なくとも、フリーターみたいな敷居の低い生き方をもてはやしたバブル期よりははるかにましだ。

「定年まで勤めたい」…過去最高」(読売新聞2012年6月29日)
今春の新入社員を対象にした公益財団法人「日本生産性本部」などのアンケート調査でそう答えた人が34・3%に上り、過去最高だったことが分かった。同本部は「厳しい就職環境の中で、安定志向が強まっているのでは」と分析している。

もちろん中には「オレはノマドをめざすぜ」みたいな若い人もいるのだろうが、そういう「挑戦者」は昔から一定数いたわけだし、本人が納得しているなら、それ自体必ずしも悪いことではない。少なくとも大学生以上なら、少なくとも建前上大人なわけで、自己責任の範囲というものもある。よく「ノマド礼賛で若い人たちをたぶらかすのはけしからん」という意見を見かけるが、まあ気持ちはわかるものの、それで乗っかるようじゃ、と思う部分もなくはない。実際、安藤氏にせよイケダ氏にせよ、最初は有力企業に勤めていらしたようだし、その他フリーランスで活躍している方の多くはそういう経歴を持っている。ああいう組織の人材育成力とか、ああいう場所で培われる人的ネットワークの力とかは多くの人が認めるところだろう。

とはいえ、「礼賛」とまではいかなくとも、現代社会における情報技術の発達と普及によって、ノマド的な生き方が、少なくとも一部の能力ある人たちにとっては、かつてよりはやりやすくなったかもしれない、という点は同意する。企業が「寄らば大樹の陰」的な存在からゆっくりと遠ざかりつつあるのは事実だし、能力のある人にとってみれば生き方のオプションが広がっているのもまちがいなかろう。その裏返しで、ごくふつうの人たちがたくさん、意に反して「ノマド」的な生き方を迫られることになるのだとすれば問題なわけだが、それはまた別の話。「初音ミク」やDTMソフトが一般人に音楽創作への扉を開いたといっても実際に使いこなせる人はごくわずかである、というのと質的にはそう変わりない。全員にはあてはまらないから意味がないというものでもない。

というわけで、ノマドやノマドワークを手放しで礼賛するのも、頭ごなしに批判するのも、どちらもあまり生産的ではないよなあ、というなんともつまらない結論に落ち着く。そういう極端なご意見は、たいてい何らかの個人的文脈やら利害関係やらを持っている方である場合が多いので、そういうのを見かけたら、「ご苦労さまです」と一礼して静かに立ち去るのがよろしいかと思う。




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Comments

わかります、、カフェで仕事しているとトイレ行きにくいんですよね。盗まれないか心配で、、

Posted by: よし@ネットマスター | July 14, 2012 at 12:07 AM

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