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「デスブログ」といういじめ

あるタレントのブログを「デスブログ」と呼ぶ人たちがいる。「このデスブログに書かれた人物や企業などはかなりの確率で不幸に見舞われるため、「デスノートのブログ版」としてこの名が定着している」(ニコニコ大百科による説明)のだそうだ。今問題になっているボーイング787旅客機についてもこのブログで言及があったという情報が出ていたが、それだけでなく、少なくとも過去数年にわたって、数多くの例で、何かよくないことが起きるとこの「デスブログ」が検索され、「ほうらやっぱり書いてあったやっぱりデスブログだ」と囃し立てる事例が、少なくともネット上では相次いでいる。

この件、前々から気になっていた。これは「いじめ」ではないのだろうか。

誰のブログであれ、特定のブログが「デスブログ」であるという科学的根拠はない。そのブログに何か書かれたことによってその対象に悪いことが起きる、という事実はない。一般の人々がすべて科学的根拠に基づいて発言すべきだとは思わないが、少なくともそうした「デスブログ」騒ぎが、客観的には事実ではないという点について、議論の余地はないものと思う。「いやある」と思う人は、小学校から教育を受け直すとよい。

根拠はないことはわかっているがネタとして面白いから取り上げている、というのがふつうだろう。からかっている、ぐらいの気持ちなのかもしれないし、直接このタレントに向かって言っているわけではないからいいということなのかもしれない。このタレントについて私はほとんど何も知らないが、そういうからかいを受け入れるキャラクターなのかもしれない。

とはいえ、皆がよってたかって「デスブログだ」と囃し立てるさまは、見ていてどうにも気分がよくない。この図式を、たとえば学校のクラスの中で、特定の生徒のノートを「デスノートだ」と騒ぎ立てている図と見立てたら、これはいじめとしか映らないだろう。あるいはネットの中でも、たとえばツイッターで多くのフォロワーを持つ子役タレントに対して、同じようなことをツイッター上でたくさんの人たちが発言していたら、やはりネット上のいじめだと受け取るのが常識的なのではないか。

大人のタレントに対しては何を言ってもいい、という発想なのだろうか。有名人だから何を言われても我慢すべきだと?根拠のある批判ならそれもある程度はいえるかもしれないが、これはそういう話ではない。当然だが、このタレントは、別に旅客機に悪さをしたわけでもパンダの赤ちゃんを殺したわけでもない。にもかかわらず、こんなことを言うのは、クラスメートに「お前汚いからあっちいけ」と言うのと同じレベルの、言いがかり以外の何物でもない。このまとめは、今見た時点では50万以上のアクセスがあり、141人がお気に入りにし、381人がリツイートし、304人が「いいね!」をしている。もちろんこの他にも、この手のものは山ほどある。これが「皆でよってたかって」でないとしたら何だというのか。

本人は気にしないと言っているのかもしれない(実際どうなのかは知らない)が、本人が気にしていないからいじめてもいいというのは、いじめ事件でしばしば見られる、いじめた側の言い訳とそっくりだ。このタレントが有名人であるという点をふまえれば、こうしたいじめが放置されているから、いじめが許される行為と思う子どもが出てくるのだ、ぐらいのことは言ってもいいのではないかと思う。

いじめについては、いろいろな人が「許されない」と発言し、いじめる人たちに対する厳しい批判も多くみられる。にもかかわらず、「デスブログ」については平気で囃し立てるさまは、私にはどうにも不可解だ。仮に百歩譲って、当該タレントに何か批判されるべき理由があるとしても、「だからといっていじめていい理由などない」というのがいじめに関する一般的な考え方ではないのか。

「そこまでおおげさに言わなくてもいいじゃん」といった声が聞こえてきそうな気がする。確かに私が考えすぎなのかもしれない。しかし、いわれもない批判(直接本人に言ってないからいいというなら、「陰口」と言い換えよう)を寄ってたかってしながら平気でいられる人が、したり顔で「いじめは許さない」とか言っても、説得力はない。少なくとも私にとっては。その上であえて断言するが、もし私の考えが少数派なのだとしたら、いじめ問題の「解決」などまず不可能だろう。「デスブログ」を見て人々が笑う構造こそが、いじめの温床そのものだからだ。


※追記
一晩たったらそれなりに反響があったようだ。この問題に関心を持つ人がたくさんいたことはいいことだと思う。この文章に賛同する意見を書かれた方の方が多いが、それはこの文章が反論しにくい書き方をしていることを前提とすれば、さほど不思議ではない。ともあれ、同様の意見は昨日以前にはあまり見かけなかったので、「あれはおかしいんじゃないか」という声を上げづらい状況があったのだな、ということは実感する。それはまさに、いじめを指摘しづらい私たちの日常生活の状況そのままだ。

一方、反論や批判の声も見た。「芸能人は別」「自分がきっかけを作った」「あっちも商売に使っている」「あれはいじめじゃない」等々。いじめ問題でもこの種の意見は必ず出てくるので、まあ予想の範囲ではある。ある意味勇気のある人だと思うが、そもそも私はこういう考えの人たちを批判ないし糾弾したいのではない。いじめに関する私の意見は前に書いた。いじめを「どこかにいる悪い奴」がやる「絶対に許せない行為」とみるのではなく、私たちの誰もが日常生活の中で思わずやってしまったりすることととらえるべき、という意見だ。

報道で見聞きして誰もが憤るひどいいじめも、最初はささいな、笑ってすませられるようなことから始まったのだろう。それがエスカレートしていくと、犯罪としか呼べないようなおぞましい行為となる。重要なのは、それらの間に自明な「一線」などない、ということだ。その自覚なしに、いじめ問題が解決することはない。

いじめを「根絶」すべき絶対悪ととらえると、それらは「自分たちの身近にはあってはならないもの」とされる。結果として、現実には存在するいじめが隠され、否定され、忘れられることになる。そうではなく、私たちが何の気なしにやっていることもいじめとなりうることを意識し続けることしかない。このタレントのケースも、それが日常的な行為なのか許せないいじめなのかは人によって意見がちがうだろうが、1つの線上にあるということは意識しておくべきだろうと思う。その意味で、この問題についてさまざまな意見が出てきたことは、それ自体、私にとってうれしいことだ。


※2013/1/21追記
はからずもヤフーのトップ画面に取り上げられた関係で、当初予想していたよりも多くの反応があったのでさらに追記。当初は賛成意見が圧倒的だった印象だが、アクセスが増えるにつれて反対意見が多くなっていったのは、ソーシャルメディアらしい特徴かもしれない。

ちなみにヤフーはごていねいにも「「デスブログ」と騒ぐのは問題だと思う?」なる意識調査もやっていて(というかまだ継続中らしい)、さっき見たらこんな結果だった。
(実施期間:2013年1月19日~2013年1月29日)
合計:25,538票
問題だ 33% 8261 票
問題ではない 53% 13441 票
どちらともいえない 16% 3836 票

私が感じていたのは、デスブログ騒ぎを見ていて気持ち悪いから嫌だという声を上げにくい状況がある、ということだった。実際、全体を通してみると、ネット上では私の文章、ないし私自身に対して否定的な書き込みが圧倒的のようだから、上記のアンケート結果とは少し乖離があるという印象だ。つまり、私の文章は、そうした少数派の声を表に引き出すという点である程度の役割を果たせたのだろう。

異議の声を上げにくい状況というのは、多くの人がよってたかって件のブログを囃し立て笑うさまと同様、いじめに共通してみられる現象だ。そうした行為をしている人たちの多くにその自覚がない点も、それを指摘されると激昂する点も同様。それが多数派を占めたわけで、本文で書いたとおり、いじめ問題の「解決」は今後もできないだろう。自分が関わったケースについては、多くの人はいじめの存在に「気づかない」「そうではないと思った」という反応(これが数々のいじめ事件で多く見られた関係者の反応であることもご存知の通り)になるだろうことが予想できるからだ。

私が書いたのは、
・AはBであると私は思う
・私はBは嫌いだ
・よって私はAが嫌いだ
というシンプルな三段論法であるわけだが、これに対する反応をざっくり整理するとこんなところだろうか。

(1)いやAはBではないでしょ
(2)Aなんてただのおふざけなのにまじめに受け取る方がおかしい
(3)Aは金儲けでやってるんだからいいんだ
(4)なんでもBと言いたがるのは言葉狩りだ
(5)お前だってBをやってるじゃないか
(6)お前の言うことは面白くない
(7)お前もこんな文章書いて金儲けてるんだろ
(8)お前は頭が悪い
(9)お前の属している組織は質が低い
(10)お前の外見が醜い
(11)お前が何を言いたいのかわからない

このうち(1)に関しては、意見の相違ということになろう。実際、上記の意識調査でも意見は割れているわけで、こうしたご意見の方には、そうでない意見もあるのだということを認識いただけるといいと思う。
(2)(3)は、いじめの有無は受け手の感じ方によって判定されるという点と関係があるだろう。実際、同じことに対していじめと感じる人もいればそうは思わない人もいる。本人がいじめと感じていないなら、本人が金儲けのために自ら望んでそれをやってるのだからそれでいいじゃないか、という意見だ。実際、件のブログのご本人がこれまで本件について嫌がっているという話を聞いたことはないわけだが、だからといって何をしてもいいという話ではない。いじめが受け手の受け取り方で定義されているのは、いじめた側の「そんなつもりはなかった」という言い訳を許さないためであって、いじめた側に「嫌がってなかった」という言い訳をさせるためではない。こういうことが放置されると社会の中でのいじめを助長するのではないかという意見は本文にも書いた。だったらテレビのバラエティ番組での芸人いじりもそうじゃないかというご意見もあったと思うが、実際、子ども同士がテレビでよく見る芸人いじりをまねしているさまは、外見上いじめとほぼ変わらないのでその点はむしろ同感だ。
ただ、だからといって、そうしたものの存在自体を認めるべきではない、と言っているわけではない。ポイントはここだ。私がいいたいのは、いじめが日常生活の中で半ば不可避に存在してしまうこと、意識せずについやってしまうことだという点だ。(4)の意見は、いじめを「どこかの誰か悪い奴がやる絶対に許せない行為」とみているから出てくるもので、それは私の意見とは正反対だ。もちろんいじめを肯定するとかいう話ではなく、自分もついやってしまうということを意識し、行き過ぎになっていないか常に気をつけていようという話だ。その意味では、ややおおげさにいえば「自らの内なる闇を直視せよ」が趣旨ということになる。したがって(5)は「ええその可能性はありますね」ということになろう。声を上げることのデメリットよりメリットの方が大きいと思ったからあえてそうしただけの話だ。(5)の可能性を認めたからといって、本文の趣旨が揺らぐわけではない。
(6)に関してはああそうですかという以外にない。面白いとか面白くないとかで論じる問題ではないので気にする必要を感じない。むしろなぜこういう意見が出てくるかの方が興味深い。関心を持たれなければ私がダメージを受けるだろうとでも思うのだろうか。
(7)はいわゆる嫌儲的なご意見かと思うが、「だから何か?」と答えよう(正直たいした額ではないが)。学校の教科書も、著者らは対価を受け取っている。学術論文も広い意味ではそうだ。テレビも新聞も、感動的な小説や映画も。だから何か?
(8)~(10)に関しては、まさに「自らの内なる闇」をさらけ出した事例だ。議論をするつもりなら作法の習得が必要なので学校に行くなり行き直すなりするとよい(別にバカにしているのではない。何歳になっても学ぶことは恥ずかしいことではない)。そのつもりでないなら、大きなお世話だが「そういうの恥ずかしいからやめたら?」とだけ書いておく。(11)の方も、日本語を勉強されることをお勧めする。



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いじめって身近なものだよね、という考え方の功罪の一部について考えてみました。 [Read More]

Tracked on January 19, 2013 at 03:06 PM

Comments

血液型占いを信じる程度の知能の人がいくらでもいるように、これを面白おかしく囃し立ててる人は半分本気で信じてるのかと。
他の有名人のブログで出てきたワードをニュース検索して紐付ければ、似た結果になるのを知らないんでしょう。

Posted by: Takahiro | January 19, 2013 at 07:47 AM

この記事には批判という言葉が多く出てきますが、デスブログをネタにする人達はこのタレントを批判する気持ちは全く無いと思います。批判していると受け取ったのはなぜでしょうか。

Posted by: abc | January 19, 2013 at 09:08 AM

科学的根拠が有る批判ならまだしも論拠がない誹謗中傷だからやめようぜって話では

Posted by: def | January 19, 2013 at 11:03 AM

内容が面白くない上に説得力なし。
デスブログを都合良く学校の教室に例えない方がいい。
「ぶろぐ」「芸能人」といったものの特性を理解した方がいい。
前者は不特定多数がコメントするもの、
後者は人気や注目がされて成り立つ商売。
学校のクラスメートのコミュニティと全く別。

Posted by: ゆーすけ | January 19, 2013 at 11:13 AM

読解力ゼロだなお前。

Posted by: ↑ | January 19, 2013 at 11:24 AM

デスブログ・・・・

事実、その通りなんだから仕方がない。

現実を無視して、理想論ばかりではマスコミ失格ですね。

Posted by: PAPA | January 19, 2013 at 02:08 PM

いじめだと言う科学的根拠は?

件数だって3件や4件じゃなく3桁に届きそうだと知ってて書いてるの?

「デスブログ」と呼ばれている事を本人も認知していて、
閉鎖しないで続けてるのにいじめとかポカーンですわ

Posted by: 800 | January 19, 2013 at 02:21 PM

こうした意見に、その当人がどのような反応をするのか気になりますね。

自分が「いじめられっ子」として認定されて腫れ物扱いされることを迷惑だ、と思うのか、いわれのない誹謗中傷が続く悩ましい現状を打破する一つの考え方としてありがたく思うのか、どうでもいいのか。

双方向のやりとりではないネット上なので、形としていじめに見えたときに、それをいじめとして第三者が宣言することについてはいろいろとありそうですね。

Posted by: | January 19, 2013 at 02:21 PM

馬鹿現るwww
ネタにマジレスかこわるいwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

Posted by: v | January 19, 2013 at 02:44 PM

見せ物として働いてその報酬を得ている。
タレントという職業自体がイジメられっ子と似た性質を持っているんじゃないでしょうか。
タレントのブログが晒し者になる事は自然な成り行きなのではないかと思います。

Posted by: yohei | January 19, 2013 at 02:49 PM

ただブログを書くだけでこれだけの反響をもらえるというのはタレント活動をしている人にとっては間違いなくプラスになる(おいしい)事です。そういう事が解らず過剰反応してイジメと捕らえるのは正義感の押し売り以上の何でもありません。むしろこういった一石が彼女の立場をつまらなくしてしまう、足を引っ張るような事をしてるのはあなたの方ですよ。

Posted by: ↓ | January 19, 2013 at 03:11 PM

「ネット住民」と一括りにするのはいけませんねぇ。
デスブログを本気で批判している人なんてごく僅かですよ。
大部分の人達は僕も含め盛り上げてるだけだと思います。
むしろ崇拝に近いんじゃないでしょうか?ww
マヤの予言なんかが当たって、それで騒ぐのはいじめではないんですか?
こんなことを記事にするなんて駒沢大学も落ちたもんですねwww

Posted by: prn | January 19, 2013 at 05:29 PM

誰も笑ってなどいませんよ。
笑っていると言っているあなたこそ、東原さんをバカにしているのでしょう。

Posted by: oifu | January 19, 2013 at 07:13 PM

誰も笑ってなどいませんよ。
笑っていると言っているあなたこそ、東原さんをバカにしているのでしょう。

Posted by: oifu | January 19, 2013 at 07:14 PM

本文を読みますと、伝えたい事とタイトルに整合性がないと思われます。その点でブログの事は取り上げず、ただいじめ問題だけに焦点を絞った方が良かったと思います。
「デスブログ」自体を閲覧者の大多数が、それこそ本人すらも「いじめ」と捉えていないにも関わらず、関連付けることいかがなものでしょうか。例えば極論ですが、今の被差別と言われている人たちを、自己・他者から見れば、既にその状態ではないにも関わらず、勝手に関連付け「被差別」であると、広く吹聴し定義する事と同義であるように思われます。
彼女のブログ自体一部の人達から言われている事であって、本人がそのように認識していないのであれば、「いじめ」と関連付けた貴方様の方こそ、「いじめにしてしまっている」ように思われます。
おっしゃりたい事は、以前に書かれた記事だけで十二分に伝わると思います。
いじめかそうでないかの境界線が曖昧である、というのであれば当事者がどう思っているのかが焦点になるはずで、そうであればブログで吐露しているでしょう。ともあれ、第三者的な立場である貴方様や私がどうこう言う事もないかと。

Posted by: rai | January 19, 2013 at 07:26 PM

物事を曖昧なままに印象を植え付け、誘導する輩を心の底から嫌悪する

言いたいことがあるならはっきり言えばいい
「自明な一線は引けない」と言いながら「イジメだ」と
「イジメだ」と言いながら「糾弾したいわけじゃない」と
こういうのを卑劣な印象操作と言う
もし本当に筆者が言うような意図で記事を書くとしたなら、
「イジメの延長線上の行為」とでも題した上で、一例としてデスブログを取り上げるくらいが適切だろう

何かを面白がってる人間を定義もはっきりさせないままにイジメだと断定し、味方を増やし、
それをやめさせようとすることはイジメの延長線上の行為(というよりは言論弾圧)ではないとでも言うのだろうか?
であるならば、日本は笑うことすら許されない社会になりつつあるらしい

Posted by: YY | January 19, 2013 at 08:54 PM

あなたがここで一生懸命「私の言うイジメとは日常生活で起こり得ること」と言っても、ニュースのトピックスに「デスブログ、いじめの指摘」と書かれると
多くの人は「イジメ=悪」の意味でとらえてしまうと思いますよ。

Posted by: yasu | January 19, 2013 at 09:26 PM

追記に、この文章に賛同する意見を書かれた方の方が多いが・・・とありますが

Yahooに掲載されている記事のfacebookを見るとコメント19件中18件が賛同してませんがね・・・。

まあこの先生の言っている賛同の数と反対の数を示していないので、根拠のない自衛にしか見えませんが。

Posted by: kikinono | January 19, 2013 at 09:39 PM

これはいじめではないか? という問いに答えられるのは当事者たる東原さんだけなのに、なぜに部外者がいじめか否かについてブログで読者(これもまた部外者)と語ろうとするのだろう?

「いじめ」かどうかは本人の受け止め方次第であり、多勢が客観的に「遊びの範囲内」と解釈しようが当人が「いじめ」と感じるのならそれはいじめだし、周囲が「いじめだ」と解釈しようが当人が「これは遊んでるの」と思えばいじめではなかろうに。

ブログで私見をどう書こうが貴殿の自由であるが、タイトルの付け方ひとつとってももう少し考えてはどうか。傲りもほどほどに。

Posted by: . | January 19, 2013 at 09:53 PM

とりあえず芸能界という世界がどういう風にして
お金を稼いでいるのかってのを十分に調べてから
書かれた方がよかったのではないのでしょうか。

書かれている内容が、成熟してない幼稚な文章だって
山口さん自身気づきませんか??

本当に大学教授ですか??

Posted by: tkzippie | January 19, 2013 at 10:09 PM

忙しい時間の中、ここまで真剣に考えたのだから"デスブログ"にとりあげてもらえばいいんじゃないですかね。

Posted by: Melon | January 19, 2013 at 10:12 PM

言葉狩りするような人達と同じ臭いを感じました
過剰反応、非常に危険だと思います
責任ある立場なのですから気をつけて下さいね

Posted by:   | January 19, 2013 at 10:22 PM

こんな記事を書いて注目されたいんですかね?

それではあなたが批判している

「デスブログ」と騒いでいる人と同じじゃないですか?

Posted by: ちっち | January 19, 2013 at 10:24 PM

気になるのならトピックについて調べてから書くべきでしたね、そのせいで信憑性のない記事になっています。
さて、当のタレント様ですが彼女はデスブログを番組でネタにしていますので先生が書かれるような深刻な事態ではないのではないでしょうか?
いじめで重要なのは本人が嫌がっているかですが今回は根拠がありません。
「このタレントについてほとんど知らない」第3者が本人の知らない処で「いじめではないか」と騒ぎ立てるほうがよほど本人に迷惑になると思います。
ネタをネタと割り切って楽しんでいる人たちがいて、突然知らない第3者に「いじめは止めるんだ!」と介入されては台無しなのは想像に難くないのでは?
ネタをネタとして理解せず、いじめや人権問題に結ぶ人も見かけますが、台無しにされた当人からするとそちらのほうがよほどいじめです。

Posted by: YK | January 19, 2013 at 10:31 PM

どこがいじめ?彼女はタレントです。一般人と一緒にしない方がいい。そもそも一般人のブログならここまで発展する事もなしね。
あんたの記事の方が彼女にしたらよっぽど迷惑かもよ、冗談で済んでたものを真面目に取り上げんなよかたぶつ

Posted by: あ | January 19, 2013 at 10:32 PM

まず、科学的根拠があるから言ってよいというものではないし、ないから言っちゃだめというものではない。
むしろあるから言ってよいという発想こそが問題でしょ?
さらに言えば、もしこのタレントさんがこの一連の騒動で、デスブログネタで一番組作ってもらったとする。それでこのタレントさんが喜んでいたとしたら、これっていじめですかね?
本人が仮に喜んでいたとしても、いじめになるとおっしゃるのなら、それはいじめの解釈がおかしいと思いますね。
むしろ大事なのは本人がどう思っているかでしょう。
本人置き去りのいじめ論を見た気がしましたね。
少なくともこの記事を書くのなら、本人がどう思っているかってのをきちんと調べて、それを書かないと、「何だこの記事おかしいな?」って思う人がでてくるのは、しかたありませんよ。

Posted by: ryou | January 19, 2013 at 10:33 PM

釣られた! 全力で釣られた!!
やほーのトップ「デスブログ」いじめの指摘
ってタイトルにあったから、遂にデスブログが苛めに言及して苛めてる人間全てを殺しにかかったのかと思ったのにー!!

タイトル詐欺だ。釣られたぁああああああ!!

いや、コレの問題はヤフーのトップニュースの方ですけどね。


…………誰も、デスブログなんて本気で信じちゃ居ませんよ。
トイレで腹痛い時に神とか家族に祈るのと同じですって。

ネタをネタとして~を理解出来ないならば。
ネットはやらないほうが、イイッ(キリッ

Posted by: 七瀬和也 | January 19, 2013 at 10:34 PM

非科学的=根拠がないという図式は賛同できません。
ただし、証拠があるわけでも当然ありませんので、
デスブログと決めるけて攻撃することは良くないことでしょう。

しかし、今は何でもインターネットに流れる時代ですから、
個人の日記のつもりであっても、ブログを公開した時点で
今までの日記のそれとは別物だと考えるべきではないでしょうか。

公開された日記に対して「デスブログ」という噂話もまた同様に、
インターネットに流れてしまう。そこに攻撃する思惑がなくとも。
山口さんはブログに関してどういう解決法をお考えになりますか?
是非とも最後の結論までお聞きしたかったです。

Posted by: フロムヤフーニュース | January 19, 2013 at 10:49 PM

いわゆる炎上商法ですね。わかります。
何か注目されたいのですか? 哀れですね。

Posted by: Eman | January 19, 2013 at 11:03 PM

やっべタイトルに釣られたWWWW

追記の「この文章に賛同する意見を書かれた方の方が多いが、それはこの文章が反論しにくい書き方をしていることを前提とすれば、さほど不思議ではない。」
これさ、賛同どころか反論されまくってるじゃないですかーWWWWWWWWWWW
マジワロスワロス

Posted by: djainfpde | January 19, 2013 at 11:34 PM

デスブログをいじめと言うなら…
芸能人の歌や演技、芸能人の容姿、TV番組や映画の面白さ等について
ネットで批判するのも当たり前に行われていますが…
それも、全て「いじめ」になってしまうのでしょうか?

ネットには賛成意見しか書いてはいけないのですか?
あの人は演技が下手、歌が下手、可愛くない、面白くない
と書いた瞬間に、何でも「いじめ」になってしまうのですか?

見ず知らずの人に、いわれのない賛成も批判もされるのが、
芸能人という仕事だと思いますけど…。

「デスブログ」と騒がれることで
東原さんが知名度やアクセス数や人気を得ているのなら、
それは本人にとってプラスになると思いますが…。

本人が嫌がっていない以上、「いじめ」として立件できないのでは?

デスブログは「細木数子さんや江原啓之さんの占いは当たる」
と言うのと、同じレベルだと思うんですけど…。

それは「いじめ」じゃなくて、これが「いじめ」だといのは、
どういう根拠なのでしょう??

Posted by: memento | January 19, 2013 at 11:34 PM

世間知らずの阿呆だな。詳しく知りもせず叩く前にきっちり内容と背景を理解してから文章を書いた方が良いですよ。
デスブログだからやめろ、書くなとか個人攻撃になればいじめ認定されてもおかしくはないが、書いてるものに対して楽しむのは自由。もしあなたの理論が正しいとしたらネットでもリアルでも批判のコメントや言葉一つ言うだけでいじめになってしまう。

Posted by:   | January 20, 2013 at 12:24 AM

実は本文を1行も読んでないが正しいことが書かれていることが推測される。デス何某を話のネタにして囃し立てる行動に品性が欠けていることは自明。

Posted by: fafa | January 20, 2013 at 12:40 AM

いじめだと言うのならこの記事を書いてさらに「デスブログ」を広めたアンタも加害者だなwww
本人の意思を聴かずして一方的に「いじめだ」と言いふらす偽善者が一番性質が悪いwww

本人も楽しくブログ更新してるだろうに不安を煽るような記事書くの止めた方がいいよwww

Posted by: malco | January 20, 2013 at 01:13 AM

実際やってることはいじめと変わらんだろ
小清水の件から何も学んでないんだな

ちなみに嫌儲では賛否両論
ttp://www.logsoku.com/r/poverty/1358567283/

はてプでは肯定派多数
ttp://b.hatena.ne.jp/entry/www.h-yamaguchi.net/2013/01/post-d5d7.html

どうせここのコメント欄に書き込んで叩いてる連中はアフィブログからの流入だろ
そのアフィブログがまとめてるν速には、今やゆとりしかいないから困ったもんだ

Posted by:   | January 20, 2013 at 05:50 AM

科学的根拠はない(キリッ

ちょwwwwwwwネタにマジスレとか恥ずかしいwwwwww
まるで自分が正論者と言わんばかりの記事ですねwww

タイトルネタかと思ったらマジ釣られたわwwww次回も期待してますwwwwww

Posted by: def | January 20, 2013 at 09:45 AM

周りのみんなが叩いている対象なら、自分も罪悪感なく叩けて気持ちいいんだよね。
ここのコメント欄を見てるといじめの構図がよく分かります。

Posted by:   | January 20, 2013 at 11:37 AM

なんかAKBを得意げに語る中年に通じる気持ち悪さを感じる
分からない事を無理して語らない方がいいのでは?

デスブログというナウい情報を語ることでナウい教授という像を演出したかったんでちゅか?

Posted by: tosu | January 20, 2013 at 12:20 PM

反論者の反論が論点ずらしばかりなのは、自分たちが虐めている事を正論で言われて悔しいのだろう。

虐められている本人が周りには虐められている事を全く言わずに自殺した件があるのに。しかも有名人なら虐めてもいいよと言う理論がどこから来たのでしょう?

"ネタにマジレス"とかでしか反論出来ない日本人気持ち悪い。

Posted by:    | January 20, 2013 at 03:36 PM

ネタにマジレスかっこ悪いって、そのままブーメランだろ。マジレスもまたネタにすぎないだろ。

Posted by: 000 | January 20, 2013 at 04:17 PM

“「いやある」と思う人は、小学校から教育を受け直すとよい。”
こういうこと言っちゃう自分って客観的に見てどう?

Posted by: kazura | January 20, 2013 at 07:13 PM

http://blog.m.livedoor.jp/dqnplus/article/1747173?guid=ON
とりあえず、添付したURLの内容をリンク先含めて一通り読んでから発言しましょうか?
東原亜希さんはもはや預言者として慕ってる方もいらっしゃいます。
デスブログという呼称は、彼女にとって不名誉だと思いりますが、それで有名になっている以上、芸能人としては逆にプラスに働いているのです。
一般人ではなく、あくまで売名の必要な芸能人。
不倫だの麻薬だのと醜いスキャンダルで売名する連中よりずっと健全ではないでしょうか?

Posted by: ななし | January 20, 2013 at 07:44 PM

「教室のいじめとタレントのブログとは同列には扱えないだろう。これをいじめ問題と言い切るのは牽強付会すぎる」というようなコメントがここには多数書かれているように見受けられますが、それをすべて「まあ予想の範囲内である」で一括りに切って捨ててしまっている時点で、とにかく「いじめは悪だからそれを発見して恐れず追求する僕って社会的正義でカッコイイ」という、目的有りきの記事を書こうとしかしてないんだな、というのが見え見えですね。
良識ある大人の物書きの態度としては、「どうもイジメというのとは性質が違うという意見も多いので、もう一度両者を客観的に分析してみる必要がありそうだ」くらいは思うべきだと思うんですけどねえ。

Posted by: my | January 21, 2013 at 12:16 PM

ここにコメントしてる人たちの叩かれ弱さにワロタwwwww
他人には自殺に追い込むくらいのことをやってるくせに、
ほんのちょっとだけ自分に矛先が向いたと感じたら
途端に泣き叫ぶ様はみっともないですねwwwwwww

Posted by: que | January 21, 2013 at 02:39 PM

感情論に関しては概ね同意。

まともな人間のうちで、自分の日記をデスノートだと言われて気分の良い者など居るわけがない。
自分がされて嫌なことは、人にすべきではない。

これを感じ取れなかったor感じてても容認してしまった人間も批判されて然るべき。
もっとアンテナ感度を高くして生きないとね。


さて、議論的な部分について批判者としてここにやってきたわけだけども、科学的根拠が無いというのは何か証明されたのかな?
ちゃんと何かを計算したわけではないのだけど、少なくとも統計的に優位っぽい気がするんですがね。

神サマだの、悪魔だのを信じる気はさらさら無いが、筆者はデスブログというものを「たかだか一個人の日記」程度に決めつけて書いているフシがある。

文章の本題はイジメにシフトしていくのかな、と思ったらAだのBだのに戻っているし。
話の着地点は見えているが(書かれているが)、前提の始点があいまい。

デスブログが無害であることが証明されなければ、この話は成り立たないでしょ。


匿名で偉そうなこと言っててごめんなさいね。
ここまで当たり方の強い文章を書かれるなら、もう少し前提条件の基盤を固めないと、俺みたいのが沸きますよ。

Posted by: th | January 21, 2013 at 07:50 PM

グローバル・メディア・スタディーズ学部とかいうあほ丸出しな組織名を何とかした方がいい。

Posted by: o | January 21, 2013 at 11:02 PM

始めまして教授、大山と申します。
記事を見て興味を持ち覗かせていただきました。
記事には無かった追記が載っていて反響に対する考えなども拝見しました。

私が思う事は、東原さんはこの俗称『デスブログ』を知っていると言う点についてです。
本人が『友人のみ閲覧可』や『ブログの閉鎖』をしない事は何故だと思いますか?
別に『いじめ』と思ってないか『あえて見せている』のだと私は思います。
教授の言う『いじめ』と戦っている訳ではありません、本人が楽しんでいると推察します。

毎回、本文と関係ない表題をつけたり、謎めいた書き込みをする時があるのも、話題性を楽しむ余裕からではないでしょうか?

一般人である教授や私には芸能関係者の心情は理解できないのかも知れませんが、その点も含めて教授のおっしゃる『いじめ』とは違うもののような気がします。

あくまで私見ですがこのように考える人間も居るという事だけ御理解下さい。

長文失礼致しました。

Posted by: おおやま | January 22, 2013 at 12:38 AM

初めまして。
教授に一点お伺いしたい点がありコメントさせて頂きます。

まずイジメかイジメでないかという境目は教授ご本人が記されております通り、「人によって受け方が異なる為線引きする地点も違う」が真実となります。
故にそこを論じたいわけではありません。
(敢えて言うならその点をまずご本人に確認すべきでした、とだけ)

ですが下記の場合は経済的・交際の幅、あるいは職業上の都合的に明らかに不利益を蒙るものであり、
その状況に他人を追い落とす行為は間違いなくイジメであると思う次第です。

・自分が与り知らぬところで名前を出され、自分がイジメられていると論じられた
・その事により自分のブログ読者にイジメられている○○○さん、という認識が植え付けられた
・また、その事により「イジメている事になっていたのか」と錯覚した多数の人間が読者となる事を止めた

つまりこの場合、教授の行為そのものがイジメではないのかという事です。

メールでも構いませんので反論を楽しみにお待ちしております。
お返事が無い場合、教授が自分もイジメに加担したと認めたという事で認識させて頂きます。

以上。

Posted by: まさかず | January 22, 2013 at 01:59 AM

そもそも「デスブログ」に関してはむしろ好意的に使用しているってのが追記にはないね。

そこらへんの空気は読めない人?それとも意図的に無視してる?

Posted by: yt | January 22, 2013 at 12:36 PM

"「いやある」と思う人は、小学校から教育を受け直すとよい。"
このように言っておきながら、"議論をするつもりなら作法の習得が必要"と指摘しているが、"小学校から教育を受け直すとよい"という言葉は「議論する上での作法」を習得している人から出てくる言葉として適切だと私は思えない。
この記事の筆者の言う「作法」においては、これを適切な言葉だと考えているのだろうか。
さらにこれは、(8)~(10)の言葉と見かけは違えど同じところ、つまり"自らの内なる闇"から発せられた言葉であり、結局のところ真意はどちらも同じではないのか。
真意が同じであるならば、"議論をするつもりなら作法の習得が必要なので学校に行くなり行き直すなりするとよい"という言葉が筆者自身に当てはまってしまう。
そしてその後に、"別にバカにしているのではない。何歳になっても学ぶことは恥ずかしいことではない"と、あえて書かれていることで、これが弁解であるとの見方もできてしまうだろう。
今回こういった、文章における整合性の無さや印象操作、筆者の何らかの意図を感じさせるような書き方が、読者にこの記事自体への嫌悪感を抱かせ、それが、読者が自由な思考をめぐらすことを妨げてしまっているように思う。
私は、筆者が前に書いたいじめに対する考え方についての記事は大変わかりやすかったと感じたし、内容にも賛成である。今回の記事でも、それに関連する事柄として身近な実例でもって述べているのであろうと思う。その趣旨も理解できる。しかし、今回の記事には読者に「嫌な印象」を与えかねない要素が、先ほど指摘した点も含めいくつかあるのではないかと考える。
このような文章では、内容よりも文章に対する懐疑が先立ってしまい、その文章がひとたび、「信用するに値しないもの」であると見られれば、読者の思考停止を招く。結果として本来出るはずであった建設的な議論や意見は失われ、文章に対する批判や筆者自身を否定する言葉に取って代わられることになるだろう。
殊に「教授」という権威ある立場をこのブログで公にしている以上、そのような文章をそこで記事にすれば、その影響力から、文章に対する批判が匿名や一般人のそれに比べ大きくなったり、筆者自身を否定する発言が出たりするデメリットを考慮しなければならないだろう。もちろん、筆者自身を否定するような発言が適当であるかどうかは別問題だが。
このいじめの問題、"やはりせっかくの「ブーム」なのだから少しでも意味のある改善を勝ち取りたい”と、私も思う。
そのためには、様々なところで様々な提起が行われ、それに対して各々が思考をめぐらすことがまず必要である。しかし、その書き方によっては読者の思考停止を招き、その提起の価値を少なからず失ってしまう可能性があることも考慮すべきだろう。
よって、話題を提起にするに当たっては、十分に推敲を重ねてから行うべきではないか。そうすれば建設的な意見がもっと増え、いじめの問題もよりいい方向に向かっていくだろう。特に、社会的に影響力のある人がそれを自覚し意識的に行うことは、より有意であると考える。
件の記事も、十分な推敲がなされた上で記事になっていたら、その反応もまた違ったものになっていたのではないだろうか。

以上、長々と書いてしまいましたが、どう思われますか?ぜひ教授の考えをお聞きしたいです。
それと正直なところ、今回の記事は執筆にかけた時間が短かったのではないですか?そういったこの記事を書かれた背景も気になります。
追記待ってます!

Posted by: りん | January 22, 2013 at 07:06 PM

>アンタも加害者

この論調には、筆者に罪を被せて自分の責任を逃れたい意志が透けて見えるうえに、言論弾圧なので。

投稿者の意図に反して「筆者の主張は正」との証明になってるなあ。

>好意的に使用

わ、悪気はなかったんだ! とこちらも同じ。

Posted by: Murutisinc | January 22, 2013 at 09:31 PM

溢れんばかりの大いなる欺瞞
一つだけ指摘する

>いじめを「どこかの誰か悪い奴がやる絶対に許せない行為」とみているから出てくるもので、それは私の意見とは正反対だ。もちろんいじめを肯定するとかいう話ではなく、自分もついやってしまうということを意識し、行き過ぎになっていないか常に気をつけていよう

あんたは自分が「○○はいじめ」と言ったからと言って、それが悪いと言ってるわけじゃない!だからそう言ってもいいんだ!と言いたいようだが、
あんたにとって「行き過ぎたイジメ」は「絶対に許せない行為」ではないのか?
そして「東原の件は行き過ぎたイジメ」と思ってるのではないのか?
あんたの文章からはそういう風に読み取れるがこれは俺の読解力が低いせいか?

少なくとも「からかいや、いじり、はやし立てる行為」を一般的にはすぐさま「イジメ」とは表現しない
あんたは勝手に「からかいや、いじり、はやし立てる行為」を「イジメ」に置き換えて、あんたが提唱する「注意すべき行き過ぎたイジメ」を特別な位置に置いて批判を避けているに過ぎない
そして一般的には、その「注意すべき行き過ぎたイジメ」のことを単に「イジメ」と呼んでいる
確かに「からかいや、いじり、はやし立てる行為」と「イジメ」の距離を縮めたことは一定の価値があるかもしれない
だが、正反対だって?ただ言葉遊びしただけで今までと何一つ変わらない同じ考え方だ

もう一度聞こう
『あんたにとって「行き過ぎたイジメ」は「絶対に許せない行為」ではないのか?』

Posted by: YY | January 24, 2013 at 11:58 AM

辻希美さんのブログに対する暴言の数々は明らかにいじめだと思います。

が、東原亜希様のブログに対するネット大衆の見方ははむしろ、畏怖に畏敬に賞賛に、いっそ信仰めいた何ものかなのであります。

一方、「そんなの嘘っぱちだ、こじつけだ」と東原様のお力を信じようとしないで、我々のような信者達(ええ、信者です。我々はあのお方を崇めているのです。いじめているわけもありません)を叩く輩ももちろんいます。

さて教授は形を変えた信者叩き、ひいてはデスブログの信憑性叩きに見えないこともありません。

東原様のご機嫌をむしろ損ねてしまったのでなければよいのですが。

Posted by: 2011年3月12日15時36分 | January 25, 2013 at 11:20 AM

ハッとさせられる良い問題提起でした。
『ネタ』と化してしまっているものに対して、驚くほど無自覚に乱暴な行動を取っている様が見えるのはちょっと寒気がしました。

ネットって怖いなぁと以前から感じてはいましたが、コメント欄を見て薄ら寒くなりました。
『ネタ』の対象どころか、『ネタ』を否定されたことにすら襲い掛かってくる様をまざまざと見せつけられてより一層気をつけようと思いました。

いやほんと、これがいじめじゃなかったら何なんでしょうね……

Posted by: I.T | January 26, 2013 at 02:36 AM

ねぇおじさんあたまだいじょうぶ?
びょーいんあんないしてあげようか?

Posted by: la | February 07, 2013 at 10:17 PM

私は彼女を知らないとありますが最低限の情報を知った上でデスブログに言及してください。

ネット上での中傷は確かに度を超えたものがありますがデスブログがいじめの題材に使われるのはナンセンスすぎて話になりません


問題提起をするならデスブログとは何か?東原亜希とは何者か?デスブログ及び東原亜希はネット上でどういった扱いを受けているのか

これを最低限知った上でやってもらわないと貴方が言ってることはひとりよがりの言葉のマスターベーションでしかありません

Posted by: ネクコロ | March 19, 2013 at 11:14 PM

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