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「アニメミライ」と「リトル ウィッチ アカデミア」

なんとか時間を作って、「アニメミライ2013」を見てきた。文化庁平成24年度若手アニメーター等人材育成事業、と正式名称で書いた方がイメージがわきやすいかもしれない。公募で選ばれた4つの会社が30分ものの作品を作る、というわけだ。もう3月2日から劇場公開されていて、そろそろ終わりに近いと思うのだが、朝早い映画館はけっこうな入りだった。短めの映画をたてつづけに見る感じは子どものころ行った「東映まんがまつり」を思い出したりもする。

この中で特に注目していたのは、トリガーの「リトル ウィッチ アカデミア」だった。劇場公開日の夕方に、トリガーの吉成監督や堤プロデューサー、舛本プロデューサーにお話をお伺いして撮ったインタビュー動画を流しながらニコ生をやったのだが、それはもともとゼミ生からの希望があったためだ。作品を見ないまま(30秒のPVは見たけどさ)話を聞くというのはそれなりに難しくて難儀したのだが、せっかく作り手のお話を聞いた以上はぜひ作品を見なきゃというわけで、どうにかこうにか劇場にたどりつくことができた次第。

というわけで、取材御礼も兼ねて(ことさらにヨイショとかはしないけど)、ちょっとだけ感想文みたいな感じで。


このアニメミライ、というか文化庁の若手アニメーター等人材育成事業、2012年度で3年めになる。一般社団法人日本アニメーター・演出協会(JAniCA)が委託を受けてやってるもの。今年はこの4作品。上映された順に。

龍 -RYO-(ゴンゾ)

アルヴ・レズル -機械仕掛けの妖精たち-(ZEXCS)

デスビリヤード(マッドハウス)

リトル ウィッチ アカデミア(トリガー)


全体を通してみると、どれも面白かったんだが、素人の好みに基づく単なる感想ということで好きにいわせてもらうと、「リトル ウィッチ アカデミア」が一番よかった。構成も作画も頭1つ抜けてる感じ。30分の中に世界観の説明からストーリーをきっちり展開してきっちり収めるところまで盛り込んでて、わりとたくさん人が出てくるのにそれぞれちゃんと活躍してて。他の作品の中には、30分の枠だとちょっと厳しい感じのものがあったように思う。その点、「リトル ウィッチ アカデミア」は、あまり説明しなくても世界観がわかる(というか、概ね想像がつく)ように作られているところがよかったのかもしれない。もちろん、元気いっぱい動き回り、表情がくるくる変わるキャラクターたちも魅力。主人公アッコの髪型は、先に試写会で見たゼミ生が「ポニーテール」と表現していたが、実際見てみると箒みたいで面白かった。全体として、安心してハラハラドキドキできる感じ。テレビアニメで見てみたいと思う。当然、日曜朝だろうなあ。

ニコ生では、さすがにインタビュー動画を紹介するだけだとアレなので(ほんとはゲストを呼びたかったのだがいろいろあってできなかったのだ)、私がちょっとした魔女に関する話をひとくさりした。そのとき使ったスライドがこれ(一部修正してある)。魔女像の変遷から見た、「魔女学校」というテーマ設定の現代性について、みたいな話。個人的に魔女ものは「奥様は魔女」以来けっこう好きなのでいろいろ見たり調べたりはしているが、もちろん素人学問なので話半分ぐらいに受け取っていただきたい。

そのときはちょっと時間がなくて話さなかったのだが、「魔法」の現代的な意味については、もう1点だけふだんからつらつら思ってることがあるので書いておきたい。「ハリー・ポッター」シリーズなどを見ていても思うが、魔法使いたちの使う魔法は、現代人の目から見て、必ずしもうらやましいものばかりではない。現代文明の力は、魔法使いたちが実際にいると思われていた過去の時代の人々からみれば魔法としか見えないような力を、私たち一般の人間(ハリー・ポッター世界でいう「マグル」だ)誰もが手にできるようにした。箒で空を飛ぶのは楽しそうだが、移動の際にいつも箒で空を飛ばなければならないとしたら、かなりめんどくさいだろう。何か伝えたいことがあるとき、わざわざ羽ペンで書いてふくろうに届けさせるより、携帯電話やスマートフォンからメールで送った方がはるかに早い。

ああいった魔法は、自動車や飛行機、携帯電話やインターネットがなかった時代だからこそ、恐れとともに憧れをもってみられてきたわけだ。しかしそれが技術進歩で実現できるようになってくると、じゃあ魔法を使えると何がいいの?ということになる。最近の魔法少女ものは敵と戦うものが多いが、その理由の少なくとも1つは、初期の魔法少女たちが使っていた「ささやか」な魔法では現代の人々に「あれならスマホでいいじゃん」みたいな感想を持たれてしまうからなのではないかと想像する。

そんな現代社会の中で、魔女がもし「世界を救う」みたいな大仕事以外に、自分のやるべきことを探そうとすると、意外にこれはたいへんなことなのかもしれない。「魔女の宅急便」でも主人公キキが自分の存在意義に悩むようなシーンがあったが、あれも同種かと思う。そしてそれはそのまま、現代技術を使った「魔法」の数々を身につけた現代女性たちの悩みでもあるんだろう。もちろん男性も、だけど。その意味でも、このテーマって現代的だなあ、と思った次第。

そういう意味での「魔法」の一種であるアニメーションの世界に飛び込んで苦闘する若いクリエータたちの姿を魔女学校を通じて描いたのが「リトル ウィッチ アカデミア」であるわけだ。物語世界の魔女たちと同様、現実世界のアニメーターたちも、また彼らを取り巻く環境も、いろいろな問題に直面している。それに対して、若手クリエーターを直接支援するしくみとして考えられているのが「アニメミライ」プロジェクトということになる。参加した若手の方々が、これをきっかけに飛躍し、やがては物語中で主人公アッコが憧れる魔女、シャイニィシャリオのように、子どもたち(もちろん大きい子どもたちも)に夢や感動を届けられる存在になってくれるといい。

とりあえず、DVD欲しいなあ。



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