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ハフィントンポスト日本版の「天気晴朗ナレドモ波高シ」

2013年5月7日、ハフィントンポスト日本版がスタートした。通過儀礼なのか、さっそくあちこちから叩かれまくっているが、同時に期待する声も少なからずあるようだ。当面の注目は、政治家なども含む有名人からの寄稿ということになりそうな気がする。

有名人ではないが、私もブロガーとして参加することになった(最初の記事はこれ。要はこの記事の転載だ)。どれどれと思って、7日に六本木ヒルズで開かれたローンチ発表会なる豪勢なイベントに参加してきたわけだが、印象としては、「天気晴朗ナレドモ波高シ」といったところだろうか。

私が参加することにしたのはお誘いいただいたからだが、もちろんそれだけではなく、このメディアに若干の興味というか期待というか、そういったものがあったという面がある。

ハフィントンポスト自体については、最近あちこちで名前を聞いたり記事を見かけたりするなあとか、昨年ピュリツァー賞をとったなあとか、いろいろ聞いてはいたが、当初さほど関心はなかった。

そのハフィントンポストが朝日新聞といっしょに日本版を作るという話も聞いたとき、最初に思い出したのは、オーマイニュースのことだった(参考)。この件については、ずいぶん前のことになるが、いくつか文章を書いた記憶がある(これとかこれとかこれとか)。海外で成功したネットニュースサイトが鳴り物入りで日本上陸した、という点では似ている。しかしオーマイニュース日本版の場合は、いろいろうまくいかなくて、3年もたたずに閉鎖された。

オーマイニュース日本版に対して当時抱いた問題意識は、突き詰めれば、メディアとして独自の価値を持ち得ないのではないか、ということだった。当時すでにブログによる個人の情報発信はさかんに行われており、改めて「オーマイニュース」という場を作っても、本国である韓国での発足当時のような存在意義を持てないのではないか、力のある書き手を引き寄せることはできないのではないか、というわけだ。そして概ねその通りになった。

個人が情報発信できるプラットフォームがあるという意味では状況は今もそう変わっていないが、今はさらにBLOGOSとかヤフー個人ニュースとかのような(有料だと朝日新聞がやってるWEBRONZAもある)、アグリゲーター的な動きが出てきていて、それらとは直接競合するようなかたちになる。キンドル出版やら有料メルマガやらみたいな動きもある。ローンチ発表会での松浦編集長の発言やらインタビュー記事やらを見ていると、「普通の人」の寄稿に期待するみたいに言っておられるようで、そうなるとオーマイニュースとどこが違うのかいまひとつわかりにくいし、それだけで存在意義を認めてもらえると思うのは少々甘いのではとも思う。

※追記
書き忘れてたけど、もちろん編集者の役割は大きいと思う。多様性と議論を重視するこういうメディアで多様性がカオスに陥らないための工夫は編集者の大きな役割だし、その点は大いに期待する。ただ、その工夫や努力が読み手や書き手にそうと認識されるかどうかはまた別問題だろう、というわけで。(追記終わり)

とはいえ、もちろん、オーマイニュースとは違うところがたくさんある。朝日新聞が組んでいるという点もさることながら、わかりやすいのは、安倍首相を始めとする政治家など、豪華な書き手のラインアップ、といったところだろうか。政治家以外でも、堀江貴文さんなど、有名な方がブロガーとして参加しておられる。私ごときがこんな中に入ってていいのかと思わなくもないが、私はおそらく彼らのような「豪華な書き手」カテゴリではなく「普通の人」枠なんだろう。

特に政治家がブロガーとして参加している件については、メディア関係者などから「権力にすり寄りすぎ」といった批判の声が上がっているようだ。確かに、思想的な傾向などが偏ってしまうとオーマイニュースのときのようないらぬ批判を招くことになるだろうが、ハフィントンポスト日本版では民主党の方々も書かれているようだし、今のところそうでもなさそう。こういうアプローチが日本でうまくいくのかどうかわからないが、まあ試してみたらいいんじゃないかと思う。最初からだめだだめだと言い募るのは、少なくとも私の趣味ではない。

とはいえ、言いたいことはあるにはある。個人的にハフィントンポストに期待するのは、読み手としてはむしろ海外のハフィントンポストの日本語訳記事だった。US版はこれまでもたまにチェックしたりしていたが、やっぱり日本語の方が早く読めるし、フランス版とかイタリア版とかスペイン版とかも興味がある。そういう人、けっこう多いんじゃないだろうか。日本版を眺めてみると、いくつか翻訳記事もあるようだが、あまり多くはない。この記事なんかはその例だが、翻訳は外部に委託してるっぽい。やはり現在のスタッフでは手が回らない領域、なんだろうか。

逆方向で、書き手としては、もしここに書けば、場合によっては海外版のハフィントンポストに出るかも、というのはモチベーションになるかもしれない。書き手は無報酬なわけだし。日本から米国その他への情報発信が不足しているというのはよくいわれているから、それを少しでも変える方向に動くと面白いなと思う。今いるスタッフの方がどういうお仕事をされているのか詳しくは知らないが(オリジナルの記事もあるし、確かコメントの管理なんかは人力と聞いたのでそういう仕事は少なからずあるんだろうが)、そうした翻訳関係のキャパシティをもっと増やせるといいんじゃないかなあ。広告収入次第ってとこかなあ。

その関連でいうと、ちょっと気になっているのは、なんというか、ビジネスとして自立するまで資金がもつだろうかというあたりだ。オフィスは千代田区の「アーツ千代田3331」らしい。元中学校の建物だが、家賃はどのくらいなんだろうか。あんまり高くないのかな。スタッフは少なめ、ブロガーには無償で記事を書いてもらうというわけで、ある意味ローコストオペレーションなのかもしれないが、そもそも広告収入頼みとなると収支は相当厳しそうだし、ハフィントンの本社に払うロイヤルティとかけっこうあったりするんじゃないかとか、いろいろ想像を巡らせてしまう。今回のローンチ発表会の豪華さも、その意味でちょっと気になったのだった。

せっかく出てきたのだから、オーマイニュースのときのように3年で、なんてことにはなってほしくない。マスメディアの劣化版でない、新たなメディアのスタイルが定着すると面白い。うまくいくのかどうか、ちょっと近くで見てみたい。そんなあたりが、参加しようと思った理由といえば理由だ。全体として「天気晴朗ナレドモ波高シ」といった状況にみえるが、この有名な一文が想起させるほどの「大勝利」を予想しているというわけではない。実際、「波」はかなり高めのようにも思われる。ぜひがんばってもらいたい。

あと、ついでなので、もうひとつ気になったことを挙げとく。2013年4月20日付の朝日新聞朝刊の週末別刷「be」の「フロントランナー」というコーナーで、アリアナ・ハフィントン氏がとりあげられていた。「ネットに咲いた、言論空間」という見出し。同氏が若いスタッフたちに囲まれ、腕組みしてニッコリ笑っている写真がどーんと載っている。62歳とあるが、少なくともこの写真ではもっと若く見える。

…いやそういう話じゃなくて。

記事自体は面白かったんだが、この記事、何度か見返してみても、朝日新聞がハフィントンポスト日本版に関わるという事実にはふれていない。合弁会社設立はすでにその前年12月に報じられていたにもかかわらずだ。4月20日といえば、5月7日のローンチ直前なわけで、この時期に記事として取り上げるというのは、誰がどうみても話題作りの広告的効果をねらったものだろう。

こういうのは、マスメディアの世界では気にしないのかもしれないが、ネットの世界では関係性を明示しないステルスマーケティングの一種とみるだろう。今のところ特段批判されてはいないようだが、朝日新聞もネットで事業を展開するなら、このあたりはもう少し気をつけてもいいのではなかろうか。



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Comments

これを読んで気づきましたが、ハフィントンの記事はステマの一種ともとれますね。
新聞というメディアがステマになるというのは、意外な視点でした。まだまだリテラシー力が足りません。

※追記
先日のセッション22聴きました。(たべろぐのネタ)
これを聞いたときは、そこそこのリテラシーを持っているつもりだったんですが(^^;

Posted by: sundy | May 15, 2013 at 03:35 PM

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