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2番めの「いちばん長い日」

映画「日本のいちばん長い日」を見てきた。終戦70周年を機に、ということだろうか。原作は1965年刊行でベストセラーとなったノンフィクション、1967年に映画化(以下「前作」と呼ぶことにする)されていて、今回はそのリメイクということになる。前作の157分に対し本作は136分とちょっと短くなっているので、2番め「の」「いちばん長い日」は2番め「に」「いちばん長い日」でもある。原作も読んだし、1967年の作品はリアルタイムではないがテレビで何度か見たがその後新しい資料も出てきたしというわけで、今回どのように映画化されるのか興味があった。

以下、ひとくさり感想をば。

もともと歴史的事実を忠実に描こうとした作品だし、リメイクしたからとてストーリー自体は基本的に変わるものでもない。「日本のいちばん長い日」は、正確には1945年8月15日ではなく、1945年8月14日昼に、昭和天皇の「ご聖断」によってポツダム宣言受諾が決定されてから、翌15日正午、「玉音放送」によってそれが国民に知らされるまでの24時間を指している。細部はともかく、終戦の詔勅の文言をめぐる激論や一部若手軍人らのクーデターの試み、阿南陸相の自決など、映画で描かれた内容もおおまかには一緒だ。

濃厚なストーリーに比べてあっさりとしたエンディングも前作と似ている。本作のタイトルは、邦題「史上最大の作戦」で知られる映画「The Longest Day」から取られたものだろう。戦勝国側からみた、勝った戦いを描く作品であるあちらとちがって、「日本の」の方は敗戦を受け入れる決断を描くわけで、あまりすっきりしようもないといえばないのだが、それにしても、見終わっても「終わった」感があまりしないのは、前作、本作とも共通している。

とはいえ、前作とちがうところもたくさんある。まず、映像の迫力は前作の比ではない。前作は白黒作品だったから当然といえば当然(白黒ならではの緊迫感もあったりしたが)だが、今作は実写映像とCGIがうまくとけあっていて、当時の日本をリアルに感じさせてくれる。天皇がすごす美しい庭園の緑と、空襲で焼き尽くされた街のくすんだ風景の対比は、白黒映画では得られない臨場感とともに、なんともいいようのない絶望感を漂わせている。

全体として尺が少し短くなっているので、描写は前作よりややスピーディに展開する。首相官邸を焼き討ちした横浜の学生ら民間人のグループの決起の模様も、厚木基地の海軍航空隊が徹底抗戦を訴えて反旗を翻したことも、描かれていない。

代わりにていねいに描かれたのは、主要な登場人物、鈴木貫太郎総理大臣、阿南惟幾陸軍大臣、そして昭和天皇の3人と彼らの関係だ。特に、前作でははっきりとは登場しなかった昭和天皇が描かれたことは大きい。前作当時はまだ当人が存命だったし、「畏れ多い」という認識があったのだろう。時代が変わったということだろうが、これによって、終戦の決断が持つ重みがよりよく伝わり、物語としての深みが増した。

鈴木、阿南についても、家族とすごす姿が描かれたのはよかった。特に阿南は、前作において、というか一般的に、御前会議で戦争継続を主張し、15日朝に切腹して自害したというたコテコテの軍人というイメージ(三船敏郎のビジュアルによる部分もかなりあろう)がつきまとっていたわけだが、本作では役所広司というキャスティングもさることながら、家庭を大事する姿、ジレンマに直面して苦悩する姿がていねいに描かれたことで、人間像がよりよく伝わってきた。

阿南や鈴木らのような「家庭人」の側面を持つ人物像と比べて、反乱を起こした陸軍青年将校たちの狂気はさらに際立っている。パンフレットには、「彼らを狂気の存在にしたくなかった」とする原田監督のインタビューが載っているが、もしそう意図したのならそれは達成されていない。特に本作で畑中少佐を演じる松坂桃李が近衛第一師団司令部において師団長森中将を殺害した際の冷徹な表情は、前作において黒沢年男が演じた畑中の、銃を握る手のふるえを抑えきれない小物ぶりとは比較にならないほど「狂って」いる。パンフレットを見ると、松坂桃李は畑中について「最後の最後まで彼を理解することはできませんでした」と語っているが、きわめてまっとうな感性だと思う。

しかしそれは、いささかも本作の評価を下げることにはならない。そもそも「純真に国を思う」気持ちと狂気とは矛盾するものではなく、むしろきわめて近しい、というか密接不可分の存在だろうからだ。それはおそらく、中国大陸において関東軍を暴走させ、アジア各地で補給を無視した作戦により兵士の過半数を餓死や病死に追い込み、艦隊を失った海軍を特攻へと走らせたものと同じであり、その意味では、この「純真に国を思う」気持ちこそが、この国を滅亡の淵まで追い詰めたものの「正体」であるということもできる。

もちろんこれが事実に基づくとはいえ基本的にエンタメ作品であることを忘れてはならないが、戦後70年を経過し、実際に戦闘を経験した人たちのほとんどが世を去った現代において、この時代への理解を進めるとっかかりにするには悪くない作品だと思う。見に行ったときはおじいさんおばあさんばかりだったが、若い世代の人にもぜひおすすめしたい。意味がわからない部分、理解できない部分も少なからずあろうが、むしろ理解を超えると知ることこそが重要だろう。

先の戦争を描いた最近の映画は「愛する人を守るため」みたいなわかりやすく耳障りのいいメッセージを前面に打ち出しているが、少なくとも先の戦争がそんな甘っちょろいものではなかったということぐらいは一般教養として知っておくべきだ。もちろん当時も、「こんなのはおかしい」と考える人はいた。しかしそれは多数派とはならず、また異論を唱えることもできなかった。そうした状況を作り出したのが一部の人々の「狂気」というよりむしろ多数の人々の「純真に国を思う」気持ちだった、というところこそが、先の戦争から学ぶべき最も重い教訓の1つだ。

前作も本作も、「ああこれから新しい日本が始まるのだ」という終わり方ではない。むしろ「こうして得た平和や繁栄をわれわれはどうやって守っていくのか」という問いかけのような終わり方だ。現代日本の「原点」はこの「いちばん長い日」にある。当時の人たちが未来の日本人に託した思いは、いま私たちの手の中にあるということだ。

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