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メディア現象としての出題ミス

毎年、入試の時期になると、出題ミスの話題が出る。今年も出た。職業柄気になるのでつい見てしまう。

立命館大で入試ミス、全員を正解に 世界史の問題文 朝日新聞2018年2月4日
京大、昨年の入試で出題ミス 17人が追加合格 外部からの指摘で判明
ハフポスト2018年02月02日
大阪大入試ミス 外部指摘を学内で共有せず、対応半年遅れに
日本経済新聞2018/1/8

今年は単なるミスというだけでなく、対応が遅れたケースが国立大学で相次いだせいか、文科省も動くなど問題が大きくなっている。

入試ミス防止へ、全国大学に通知 文科省、阪大の問題受け
朝日新聞2018年01月10日
大阪大が昨年2月の一般入試の出題・採点ミスにより、本来は合格の30人を不合格にしていた問題を受け、文部科学省は9日、全国の国公私立大学の学長に対し、入試ミスの防止や早期発見を求める通知を出した。
入試ミスの外部指摘、専用窓口設置へ 文科省
朝日新聞2018年1月29日

その裏には構造問題があるという指摘、改善提案の動きもある。

相次ぐ入試ミス 問題作成、教員に負担 外部委託の動きも
毎日新聞2018年2月3日

というわけで、界隈では何かと盛り上がっているわけだが、例によって「こういう盛り上がりっていつごろからあるんだろう?」と思って、ちょっとだけ調べてみた次第。

調べたのは例によって大学が契約している朝日新聞のデータベース「聞蔵II」。ご存知の方もいると思うが、データベースは2つに分かれていて、1879~1999年の記事についてタイトルやキーワードで検索できるものと、1985年以降の全文検索が可能なものとがあるので両方で検索して重ねてみた(図参照)。基準のちがう2つの検索結果だが、重ねてみると全体的傾向がなんとなくわかるのではないか。ちなみに高校など大学以外も含まれているが大半は大学、大学院、短期大学だ。

Photo

一見してわかるが、ここ10年ほど、出題ミス報道は減ってきている。実際、2013~2017年の記事で取り上げられた大学の数は記事数とほぼ比例しているから、出題ミス自体が減少傾向にあるといってよいのではないか。少なくとも「最近出題ミスが増えている」みたいな雑な議論は的外れだろう。とはいえ、これは私を含む多くの人の実感とはやや離れているように感じる。この点については後記。

せっかくなので、長期的な動向をみてみる。図は1960年代からスタートしているが、最も古い記事はそれより前、1926年(大正15年) 5月6日朝刊のコラム『鉄箒』。第一班高等学校入試問題における誤植について書いている。その後は1939年3月18日の山口高等学校入試問題におけるまちがい。要するに、戦前から戦後しばらくの時期までの間、出題ミスはほとんど報じられていない。

大きく変わるのは1960年代だ。この時代はいわゆる受験戦争が激化した時期にあたると思う。各地の大学などで出題ミスがあったらしいことが後の記事からうかがえるが、その時点で報じられたものは多くはない。大きな転機となったのは1962年の国立高専入試の出題ミスだ。これが大きく取り上げられた要因の1つは、この問題が文部省自身の作ったものだったことだろう。

国立高専の入試問題にミス 新居浜、佐世保などで_高専入試問題にミス 新居浜、佐世保、鈴鹿、宇部
朝日新聞1962年 (昭和37年)2月26日朝刊
文部省初等中等教育局が商船高、電波高のために作成した問題をそのまま借用したという。

いつもは大学を上から叱り飛ばしてたんだろうが、自らの足元から火が付いちゃったわけで、文部省は対応に追われており、それも記事数の増加につながっているが、社会的にもこれで一気に出題ミスへの関心が高まったようで、それまでほとんど話題に上らなかった他大学でのミスも続々と報じられている。しかし、翌年にはまた元通りになり、それがしばらく続いている。1962年だけが特別に出題ミスが多かったというのはあまり説得力のある説明ではない。

ちゃんと検証したわけではない仮説だが、どうも出題ミスに関する報道の増減は、何らかのきっかけで大学入試への関心が高まった時期に増える傾向があるのではないか。何らかのきっかけとは何か、はいうまでもない。制度や政策といった「全体」に関わる大きな変化や、有力、有名大学等における大きな出題ミスだ。

実際、1962年に次いで報道が増えるのは1973年付近だが、この時期には現在のセンター入試の前身である国公立大学の共通一次入試制度の検討が始まっている。その次のピークは78年で、これはその翌年に初の共通一次入試を控えた年だ。その後しばらく、80年代を通じて出題ミス報道は鎮静化する。大学が「レジャーランド化」したといわれたのはこの時期だったと思う。大学が「遊ぶ場所」なら入試の出題ミスなどどうでもいいということだろうか。

入試ミス報道が再び増え始めるのは90年代後半だ。センター入試が始まったのは1990年だが、1997年は、新しい教育課程の下で初めて実施された大学入試センター試験だった。そこで出題ミスが相次いだことは、ただでさえ教育問題への関心が高まっている時期であるがゆえに、火に油を注ぐ形となったのかもしれない。

注目すべきは、このような出題ミスの連発が、教育課程変更自体に起因する部分があるとの指摘があることだ。この時期はいわゆる「ゆとり教育」が推進されていたわけだが、教育内容の変更による負担増が皮肉にも教員の「ゆとり」を奪い、それが出題ミスの一因となっているというわけだ。

センター試験、見直しの時 「浪人生泣かせ」の根底に構造的ひずみ
朝日新聞1997年02月16日 朝刊
新しい教育課程で初めて実施された大学入試センター試験に、浪人生泣かせの出題との批判が続出している。この問題は新課程移行期の過渡的な現象ではない。数多くの問題を限られた態勢でつくるセンター側の限界、教員側の問題作成能力の衰えといった構造的なひずみが根底にある。

さらに記事件数は、2000年代前半に飛躍的に増えることとなる。この時期は「ゆとり教育」への批判がメディアを席巻していたかと思うが、さらに影響が大きいと思われるのは、2001年に山形大学で、それ以前の過去5年間にわたって合否判定を誤っていたことが発覚し、大きな問題となった件だ。

山形大学、入試で判定ミス 得点計算間違える 90人が追加合格に
朝日新聞2001年05月19日 朝刊
山形大学工学部(山形県米沢市、奥山克郎学部長)は18日、今年度の大学入試センター試験で、国語の得点の集計を間違え、本来合格とすべき受験生90人を誤って不合格にしていたと明らかにした。得点を集計するコンピューターのプログラムの設定を変えるのを怠っていたといい、過去5年にわたり合否判定が間違っていたことになる。
本来合格の400人、昨年度以前含め入学OK 山形大の入試ミス
朝日新聞2001年05月23日 朝刊
山形大工学部(山形県米沢市)の過去5年間にわたる入試判定ミスで、文部科学省は22日、本来合格にすべきだった昨年度以前の受験生についても希望があれば入学や編入学を認める方針を固めた。山形大は今春の90人を含め計400人以上を誤って不合格としたことを確認している。

この件を受け、「入試ミス」発生に伴う報告の徹底が文科省によって推進されるようになったこと、受験者の成績開示や試験問題の配点や正解の公表などを実施する大学の増加に伴って、それまで表に出てこなかった入試ミスが可視化されたこと、選抜方法や評価方法の多様化に伴い,入試関連手続きが煩雑化したことなどが、ミス報道増加の原因であるとする研究がある。

西郡大, 倉元直樹(2009)「新聞記事からみた「入試ミス」のパターンとその影響の検討
『東北大学高等教育開発推進センター紀要』4, 39-48.

入試の多様化によって問題作成負担が増えたことの影響は少なからずあるだろうが、記事件数への影響という面では特に、可視化が進んだことが注目されよう。2000年代前半の記事数の急増は、もともと把握されていなかった出題ミスや、さしてニュースバリューがないとして見過ごされていた出題ミスが、関心の高まりを受けて報じられるようになったために起きたものと考えられる。文科省が報告を求めたことはもちろんだが、インターネットやソーシャルメディアの発達と普及によって、出題ミスの指摘がしやすく、また広まりやすくなったことも影響しているかもしれない。「隠しきれない」「隠していて後でばれたらまずい」といった配慮が、自主的な開示を促進した側面がありそうに思われるからだ。すなわち出題ミスの「増加」はメディア現象としての側面を少なからず持つということになるのではないか。

ちなみに、2004年以降をカバーしているGoogleトレンドでみると、ネットでの関心の動向は新聞とはまったくちがっていることがわかる。

2005年2月に来ている検索のピークは、おそらく、この年のセンター入試における出題ミスを受けたものだ。新聞記事数でもピークになっていることは上の図からわかる。時の中山文科相は「誠に遺憾」「今後絶対にないようチェック体制を見直すよう指導する」などと述べている。

出題・運営ミス続出 問われる大学入試センター試験
朝日新聞2005年01月23日 朝刊
今年の大学入試センター試験であってはならないことが起きた。「国語1」で教科書に掲載された文章が出題された。教科書との重複は前代未聞という。約5万人とみられる受験生への救済措置はとられなかった。センター側のミスによる実施上のトラブルも3年連続で起きた。来年は英語に初めてリスニング(聞き取り)テストが導入される。50万人を超える受験生が参加する試験を運営しきれるのか。センターは正念場を迎えている。

しかし、Googleトレンドではそれ以降、検索数がピーク時と比べて大幅に低い時期が続いており、新聞記事件数の動向とは大きく異なっている。それが2018年2月に至って、それまでのピークであった2005年2月に匹敵する規模で検索が行われるものと予想しているようだ。現在の話題の中心は、やはり京大、阪大という2つの有力国立大学における出題ミスだろうが、新聞とネットでこのような差が出ていることは興味深い。

かつて新聞記事の動向は、社会一般の関心がどこに向いているかの有力な指標だったように思う。しかし少なくとも、出題ミスのようなテーマについては、ネット検索の動向にあらわれる、私を含む多くの人の「実感」とはややちがったものになっているようだ。新聞で報道された出題ミスが一般にはあまり関心を呼ばなかったということであろう。確かに、多くの出題ミスは小さな囲み記事であって、あまり関心を惹くようなものではない。悪くいえば「○○公園の桜が今年も満開です」みたいな割とどうでもいい季節ネタの1つになってしまっている。

出題ミスに関する新聞とネットでの取り上げられ方のこのような差は、もちろんメディアとしての特性の差でもあるが、ネットが私たちの関心のあり方により大きな影響を与えるようになってきている傍証の1つでもあるのかもしれない。そしてそれは同時に、ネットでの関心が実態を必ずしもうまく反映したものではない可能性があることをも示しているように思う。

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