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February 17, 2020

830万ドルの七面鳥

世に「Nigerian Letter」と呼ばれる詐欺の手口がある。

昔は小金持ちなど多少なの売れた人のところにエアメールで送るのが定番だったらしいが(実物を見せてもらったことがあるが本当にナイジェリアからのものだった)、今はインターネットが普及したのであちこちにばらまくスタイルに変化していて、だから私のような者のところにもたまに来る。これを読むのは私のひそかな趣味の1つ(といっても殺到してほしくはないが)で、このブログでも以前二度ほど取り上げたことがある(これとかこれとか)。いわゆる「advance fee fraud」、つまり巨額の金銭や財宝を入手できるチャンスをちらつかせて、そのために比較的少額の(といってもそこそこの額)の金銭を先に支払う必要があるともちかけて金をだまし取る手口だ。

当初この種の詐欺がなぜかナイジェリア発であったことが多いことから「Nigerian Letter」と呼ばれるわけだが、昔はともかく、今はナイジェリアに限られるわけでもない。 日本だと「M資金」が有名だが、この種の手口は世界中にある。 善良なナイジェリアの方々にとってはいい迷惑だろう。

なんでこういうことを書いているかというと、「新作」を入手したのでご披露しようというわけだ。いやこれがなかなかに面白いのでついいつもの悪乗りが始まってしまって。以下全編ネタなのであらかじめ念のため。

今回のはツイッターのDMで来た。当然、フォローしているわけではないのでメッセージリクエストのところに届いていたわけだが、どれどれと見に行ったらもうアカウントが凍結されていた。おそらくそこらじゅうに送りまくっていたのだろう。しかしメールで通知が来ていたので、文章を読むことができた。

昔は英語が当たり前だったわけだが、最近は機械翻訳が発達したので、日本語で送ってくるものが少なくない。とはいえ、ご存知の方も多いだろうが、日本語への機械翻訳に関しては、まだかなりアレな段階にあるものが多くて、ちょっと複雑なものになるとなかなかに味わい深い文章ができ上がる。というわけでさっそくご紹介。

Ayaka Azumi(@AyakaAzumi2)さんからダイレクトメッセージが届きました。

今回の「主人公」はこちらの方。アカウントは既に削除されたっぽい。見たことがある限りでは、「主人公」が女性である場合は未亡人、男性の場合は弁護士あたりに設定されるケースが多いように思う。誰か他の人の資産を管理する立場、というのがポイントだ。自分で稼いだ金を赤の他人にそっくり渡そうと言われても、信じる人は少ないだろうし。

暖かい心で私は私の友情、挨拶を提供し、この手紙がこの祝いの時間にあなたに会うことを願っています。私はあなたを親切にして善良な人からの思いやりを必要とする悲しみと感情的なはしごの魂からこの手紙を書きます 最後の願いであり、心から純粋で誠実である限り後悔しないことをお約束します。

いかにも機械翻訳っぽい文章だが、「悲しみと感情的なはしごの魂」というのはなかなかではないか。原文はどうだったのだろう?としばし想像をめぐらせる。Google翻訳だと「sadness and soul of emotional ladder」と入れると「悲しみと感情的なはしごの魂」と出てくるのだが、果たして「sadness and soul of emotional ladder」は英語として意味があるのか?それとも他の言語から翻訳されたのか?

私は東京都大田区の51歳の安積綾香です。私はゴーグルでフェイスブックとアメリカの薬の研究をしているときにあなたのプロフィールに出会いましたので、サイトであなたのプロフィールを見て、私の精神は助けを求めてあなたに連絡するように促しました。私は長い間乳房と喉のがんに苦しんでいます、すべての兆候から、私の状態は本当に悪化しており、仕事やストレスの多いことをすることができないことは非常に明白です、私の医師によると、彼らは私が次の2ヶ月間生きられないかもしれないとアドバイスしたので、この機会を使いたいです 貧しい人々へのクリスマスとして私のすべての相続財産を傷つける これは、がんの段階が非常に悪い段階になったためです。

おお「安積綾香」さんと書くのか。大田区にお住まいなのね(似たプロフィールの方が現実にいたら申し訳ない。無関係なのでくれぐれもよろしく)。年齢や住所の設定は相手によって変えたりするのだろうか?Google翻訳で「Google」は当然「グーグル」なので、「ゴーグル」ということはGoogle翻訳を使っていないようにもみえる。あるいは「Gougle」だと「ゴーグル」になるので打ち間違えたのかもしれない。

私は母親のいない赤ちゃんの家から育ち、亡き夫と子供なしで20年間結婚しました。私の夫、故アレクサンドラ・バイオは、ワシントン大使館とワシントンで11年間働いた後、2013年に亡くなる前に致命的な自動車事故で亡くなりました。彼の死以来、私は再婚しないことに決め、私は相続財産をすべて売却し、合計830万ドル(800万、30万米ドル)を私の非住宅口座に預けました。

いよいよ本題である。この「安積綾香」さんの夫であった「アレクサンドラ・バイオ」氏(なんだか女性の名前っぽいが、いまどきそういう発想は流行らないのかもしれないので突っ込まない)はワシントン(「ワシントン大使館」というのがまたいい味を出している)で働いていたとある。ワシントンDCあたりだと830万ドルでは「豪邸」は買えないかもしれないが、それなりに大金であることにちがいはなかろう(とはいえ830万ドルはかつての典型的なNigerian Letterと比べると金額の桁が1つ2つ小さい。詐欺業界もデフレの波が押し寄せているのだろうか。それとも平均的日本人のお財布事情を反映した低価格戦略なのだろうか)から、かなりのお金持ちだったようだ。そういう生まれなのだろうか。それともワシントンだけに、何かヤバい仕事をなさっていたのだろうか。

ともあれ、830万ドルが「安積綾香」さんに遺されたわけだ(ちなみにこの、金額を必ず数字だけでなく文字で綴るのは、私が見たほとんどのNigerian Letterに共通する特徴だ。英語の法律文書とかではよくある表記で、書き間違いでないことを示したいのだろう)。

交通事故で亡くなった夫が私の名前でいくらかのお金を残し、私の名前で残った合計金額が500万ドルであったことを知らずに逃げ出し、私の財産をすべて売却した後、私は830万ドルを実現し、七面鳥。

. . . は?

830万ドルと500万ドルの関係が今一つ分かりにくいが、そんなことはもはやどうでもよい。「私は830万ドルを実現し、七面鳥。」って何だ?大事なことなのでもう一度引用する。

私は830万ドルを実現し、七面鳥。

しつこいようだが「七面鳥」である。

英語だと「七面鳥」はwild turkeyなのだろうが、どうにも文章がつながらない。まっさきに考えるのは「七面鳥」が何かの隠語(「ピーナツ」とか「山吹色のお菓子」とかその類)や符丁、慣用表現である可能性で、実際「turkey」には俗語としていろいろな意味があるのだが、どうもそれらしきものは見つからない。強いていえば「cold turkey」(「突然に」といった意味で使われることがあるらしい)なら意味が通じなくもないが、「冷たい七面鳥」とは書いてないし、突然こんなくだけた表現が出てくるのも妙だ。第一あまり面白くない。「私は830万ドルを実現し、七面鳥。」というこのパワーワード、ふつうに解釈してはもったいないではないか。

「安積綾香」さんが「七面鳥」になった、とも考えにくいし(七面鳥からDMをもらうというのもカフカ的な意味でなかなか胸熱な展開ではあるが)、830万ドルを「七面鳥」にあげた、だと金が手元になくなってしまう(というか七面鳥だって困るだろう)。やはりここはオーソドックス(?)に、「830万ドルで七面鳥を買った」という説をとりたい。つまり私は「安積綾香」さんが830万ドルで購入した「七面鳥」をもらってくれないか、ともちかけられたわけだ。実にワクワクする展開である。

では「830万ドルの七面鳥」とはどんなものか。「600万ドルの男」的なサイボーグ七面鳥かもしれない。NASAで将来を嘱望された優秀な七面鳥だったが不慮の事故で致命的な傷を負い、サイボーグとなったのではないか。右の羽根だけ強化されていたりするのだろうか。私も七面鳥の飼い主として、米国政府の秘密情報機関のエージェントになれということだろうか。

あるいはどこぞの王族とか著名人とかが飼っていた有名な七面鳥をサザビーズで830万ドルで競り落としたとか?かつてサザビーズでは子牛のホルマリン漬けが約19億円(1030万ポンド)で落札されたこともあったようなので、七面鳥に830万ドルの値がついてもおかしくはなかろう。

いやしかし、生きている七面鳥と決めつけることもない。たとえば純金で作られた七面鳥とかはどうだろう。830万ドルは1ドル110円とすると913百万円、24Kの純金がグラム当たり6100円とするとだいたい150kgほど。金の比重は19.3程度だから、体積にして8000㎤ぐらいになろうか。昨年公開されたディズニーの『Alladin』(実写の方)の劇中歌『Prince Ali』の中に「He's got seventy-five golden camels」というくだりがあるが、このシーンに出てくる金のラクダの数倍程度の大きさになるのではないか(ちなみにアニメ版だと金のラクダはずっと大きいが、あの大きさだと人力で運ぶのはなかなか難しかろう)。

「安積綾香」さんがこれをどこに置いているか知らないが、このくらいの大きさなら、比較的簡単に持ち運べるし、隠しやすいから税務当局にも補足されにくいだろう(830万ドルをそのままもらったら贈与税で半分以上持っていかれるし)。かくしてマルサとの長い戦いが始まるわけだ。いやなかなかスリリングな人生になるではないか。個人的にそこまではなかなか踏み切れないが、少なくとも人生を最高にアツくする「830万ドルの七面鳥」、一目見てみたいものである。

だから、今の合計金額は830万ドルです。私が気にせず、死を願うだけで、亡くなった夫の兄弟とは何の関係もないことに決めました。しかし、彼は私をほとんど役に立たなくしました。この瞬間、彼は私がどこにいるのか、どこにいるのかわからず、気にしません。私の人生には他に誰もいませんが、その最も良い部分は、支払い銀行が私に承認された承認された人に資金を解放して、資金が彼に送られるようにすることを手紙で教えてくれたことです または彼女の銀行口座は世界中どこにでもあります。現在、病気の治療を受けているロンドンの病院でラップトップを使用しています

最後の部分はなかなかに淋しい話ではあるが、このご兄弟も830万ドルに何の興味もないとはなんとも無欲な方々である。「バイオ」一族はやはりよほどのお金持ちなのであろう。今回はご縁がなかったのだが、どこぞの「幸運」な方が「安積綾香」さんから「830万ドルの黄金の七面鳥」を譲られた暁にはぜひ見に行きたいので私にお知らせいただきたい・・・というのはまあネタとして、この「七面鳥」ネタは個人的に、以前スパムメール界隈で有名になった「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました 」に匹敵する傑作と考えている。

そこでだが、「Nigerian Letter」は既に実態を反映していないしナイジェリアの方々を傷つけかねない名称であることに鑑み、ここに謹んでこの手のものを「七面鳥レター」と改名することを提案したい。「七面鳥」の名誉を気にされる方々もいるかもしれないが、まあ動物だし、毒とか病気とかとは関係ない領域だから風評被害も考えにくいし、「ナイジェリア」よりは実害も少ないだろう。「七面鳥レター」界隈の方々も次々にさまざまな工夫をしておられるわけで、これからも「笑える」ネタを提供していただけるとありがたい。

 

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