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<title>H-Yamaguchi.net</title>
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<description>This is Hiroshi Yamaguchi&#39;s personal weblog.  It aims to be an incubator as well as an archive of my ideas and thoughts. Possible topics include: finance, business administration, economics, prediction markets, virtual worlds, and other issues. 



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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/09/n-08b-afc5.html">
<title>ドコモN-08Bでアクセスポイントモードが使えるようになった</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/09/n-08b-afc5.html</link>
<description>モニターで使わせてもらっているドコモのN-08B。もともとの目的だったアクセスポ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;モニターで使わせてもらっているドコモのN-08B。もともとの目的だったアクセスポイントモードが設定できないままでいたのだが、やっと使えるようになった。使えないと記事書けないし、記事書かないとモニター機返さなきゃいけないしでどうしようと思っていたのだが、ああよかった。で、使ってみるとこれはなかなかよいのだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;これまでうまく使えなかった理由は、簡単にいえば設定方法がわからなかったというだけのことだった。一応一生懸命探してみたのだが、マニュアルにはそれらしい説明が見つからなくて、ウェブサイトを見ても見つからなくてという次第。マニュアルを見ないでもできそうに思えたのだが、確認したかったのは、使われてる用語を正しく理解しているかどうかなど、いくつかの点で自信がなかったからだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;まずひっかかったのが、通信モードの設定。アクセスポイントモードを設定しようとすると、最初に出てきたのが接続先の設定画面。○○の場合は別途ご契約が必要とか書いてあるんだが、自分の置かれた状況が「○○の場合」に当たるのか当たらないのかわからないし、モニターの条件がどうなってるのかも把握できていなかった。聞きゃいいんだが調べずに聞くのも悪いし、とか考えつつ時間がたっていたわけ。これは後で運営側からお知らせいただいたので助かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;次が機器登録。無線LAN設定でiPhoneを機器登録をしようとしたら、登録のやり方が3通り提示された。AOSSとらくらく無線スタートとMACアドレス自動登録。おそらくAOSSではないというのは想像がつくが、では残りのどちらか。で、らくらく無線スタートということばをマニュアルであちこち探したが見つからない。じゃあMACアドレス自動登録かといわれてもよくわからん。うかつにいじって変な設定になっちゃうのもやだし。で、じっくり考える時間がとれずにそのままにしてあったのだが、はっと思いついて「らくらく無線スタート」でぐぐったらふつうにヒットするではないか。なあんだこれじゃん。というわけでそれさえわかればあっという間に設定完了。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、iPhoneでしばらく使ってみた感想としては、けっこうよい。いったん接続した後は、そのままN-08Bの存在を感じずに使い続けることができる。ソフトバンクの3G回線との差は、必ずしもいつもはっきり自覚できるほどではないが、ソフトバンク回線が不安定になりがちな場所でいくつか試して、いずれも安定して使えることを確認したので、それなりの差はあるのかもしれない。あと、これまで設定その他で悪戦苦闘したおかげで、電池のもちがかなりいいらしいことはわかっているし、電池は替えられるわけだし。ｎ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あとやんなきゃいけないのは、動画配信テスト。聞いたところでは7Mぐらい出るらしくて、それなら配信に問題はないはずだが、一応試してみたい。今e-mobileの21M出るものを使っているが、特にイベント等の中継ではしばしば不安定になるので困っていたところ。一方、e-mobileはふつうのUSB接続なので単体での電源の心配はないが、こちらは独立してるので、どのくらい連続配信できるかは気になる。もしこちらの方がいいようなら、e-mobileを解約して、こちらに乗り換えることになるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もしこれを使い続けるのだとしたら、今のドコモの携帯電話の代替になるわけで、電話その他の機能をどうするかも併せて考えないと。本体を持って電話するようにはできてないし、やはりここはBluetoothのヘッドフォンをどうにかすべきか。いいのあるかなあ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>へえなるほど</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-09-02T21:55:10+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-9584.html">
<title>民主党代表選に関する世論調査について</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-9584.html</link>
<description>2010年9月1日告示、14日投開票の民主党代表選の件。選挙そのものについては正...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;2010年9月1日告示、14日投開票の民主党代表選の件。選挙そのものについては正直あんまり興味ない（だって党員とかじゃないし）のだが、それをめぐる世論調査等の推移については興味深く見守っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というのも、世論調査とネット投票の結果が大きく異なっているからだ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;マスメディアの世論調査結果はこんな感じ。差はあるがあまり大きくはない。概ね菅首相の方が「人気」といっていい。まあ、記事を読んでみると首相が人気というより、政権たらい回しに対する嫌気と、あと一部は、対する小沢氏のが不人気という趣旨のようにも読めるが。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010082801000428.html&quot;&gt;６９％、小沢氏１５％　民主代表選で緊急世論調査&lt;/a&gt;」（47NEWS2010年8月28日 ）&lt;br /&gt;
共同通信社が２７、２８両日実施した９月１日告示の民主党代表選に関する全国緊急電話世論調査で、代表になってほしい候補者に菅直人首相（党代表）を挙げたのは６９・９％で、１５・６％の小沢一郎前幹事長を大きく上回った。民主支持層では菅氏支持は８２・０％に上った。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100830ddm001010057000c.html&quot;&gt;毎日新聞世論調査：「首相にふさわしい人」　菅氏７８％、小沢氏１７％&lt;/a&gt;」（毎日新聞2010年8月30日）&lt;br /&gt;
毎日新聞は２８、２９日、来月１日告示、同１４日投開票の民主党代表選を前に、全国世論調査を実施した。菅直人首相（党代表）と小沢一郎前幹事長のどちらが首相にふさわしいかを尋ねたところ、菅氏が７８％で、小沢氏の１７％を大きく上回った。民主支持層でも７８％が「菅氏がふさわしい」と回答した。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100830/stt1008301206008-n1.htm&quot;&gt;「首相にふさわしい」菅氏６０．１％、小沢氏１６．４％　産経新聞ＦＮＮ合同世論調査&lt;/a&gt;」（産経新聞2010年8月30日）&lt;br /&gt;
産経新聞社とＦＮＮ（フジニュースネットワーク）は２８、２９の両日、合同世論調査を行った。民主党代表選（９月１日告示、１４日投開票）への立候補を予定している菅直人首相と小沢一郎前幹事長のどちらが首相にふさわしいか聞いたところ、菅氏と答えた人が６０．１％で、小沢氏の１６．４％を大きく上回った。菅内閣の支持率は４６．０％で参院選直後の前回調査（７月１７、１８日実施）より５．７ポイント上昇、逆に支持しないと答えた人は５．９ポイント下がって３９．９％だった。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100830/plc1008300028000-n1.htm&quot;&gt;【２００１調査】「次期首相ふさわしい」菅首相６３％、小沢氏は１６％&lt;/a&gt;」（産経新聞2010年8月30日）&lt;br /&gt;
２９日放送のフジテレビ系「新報道２００１」の首都圏世論調査（２６日調査）で、９月１４日投開票の民主党代表選をめぐり、出馬表明している菅直人首相と小沢一郎前幹事長の「どちらが次期首相にふさわしいか」を質問したところ、首相を選んだ人は６３％、小沢氏は１６・６％だった。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/tokyo_news/post_1523.html&quot;&gt;菅総理　小沢氏に“大差”&lt;/a&gt;」（テレビ東京2010年8月30日）&lt;br /&gt;
テレビ東京と日本経済新聞が週末に実施した世論調査で、民主党代表選に立候補を予定している菅総理大臣と小沢前幹事長のどちらが総理大臣にふさわしいか聞いたところ、菅氏が73％で、小沢氏の17％を大きく上回りました。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.spotlight-news.net/news_bGhPV9xXTm.html&quot;&gt;代表ふさわしいのは？菅氏６７％・小沢氏１４％&lt;/a&gt;」（読売新聞2010年8月29日）&lt;br /&gt;
民主党代表選（９月１日告示、１４日投開票）で、菅首相と小沢一郎前幹事長が対決する見通しとなったことを受け、読売新聞社は２８～２９日、電話による緊急全国世論調査を実施した。&lt;br /&gt;
　菅氏と小沢氏のどちらが次の代表にふさわしいと思うかを聞いたところ、菅氏と答えた人は６７％、小沢氏は１４％だった。民主支持層に限ってみると、菅氏は７７％で、小沢氏１７％に大差をつけた。&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.asahi.com/politics/update/0809/TKY201008090199.html&quot;&gt;菅首相続投を５６％、交代を２７％　朝日新聞世論調査&lt;/a&gt;」（朝日新聞2010年8月9日）&lt;br /&gt;
朝日新聞社が７、８の両日実施した全国世論調査（電話）によると、９月の民主党代表選で「菅直人氏が再選され首相を続けた方がよい」とする人が５６％で、「首相交代がよい」の２７％を上回った。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
一方、ネット投票では小沢氏が優勢というものが目立つ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100830/plt1008301615004-n1.htm&quot;&gt;報道調査は完敗　小沢ネットでは“優勢”&lt;/a&gt;」（ZAKZAK2010年8月30日）&lt;br /&gt;
民主党代表選をめぐるインターネットの世論調査で、小沢一郎前幹事長が、菅直人首相を上回る数字を獲得していることが分かった。小沢氏には心強い援軍か。&lt;br /&gt;
　ロイター通信のオンライン調査では３０日正午現在、「小沢氏３６９２票、菅首相３６６３票」と、２９票差で小沢氏がリードしている。&lt;br /&gt;
　また、「世論調査．ｎｅｔ」というサイトのアンケートでも「小沢氏１０１票・菅首相５１票」と、母数は少ないが小沢氏がダブルスコア状態。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;上に出た2つの調査以外にも、ぐぐったらこんなのがあった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://enq-maker.com/0QViVX1&quot;&gt;新聞・テレビについての1千人アンケート（５．民主党代表選編）&lt;/a&gt;」（Bloomberg2010年8月30日）&lt;br /&gt;
8月26日に民主党の小沢氏が代表選に出る事を意思表示しました。あなたは小沢氏を支持しますか&lt;br /&gt;
・支持する　　974票	97.4％&lt;br /&gt;
・支持しない　15票　　1.5％&lt;br /&gt;
・わからない　11票　　1.1％&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://opinion.infoseek.co.jp/article/989&quot;&gt;【twitterアンケート】民主党代表戦、あなたならどちらに投票しますか？&lt;/a&gt;」（Infoseek内憂外患2010年8月26日）&lt;br /&gt;
あなたが民主党代表戦の投票をするとしたら、どちらに投票しますか？ (2010/08/26～2010/09/14)&lt;br /&gt;
計 2703 票&lt;br /&gt;
菅直人首相　99票（4％）&lt;br /&gt;
小沢一郎議員　2585票（96％）&lt;br /&gt;
棄権する　19票（1％）&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;マスメディア系では唯一、スポニチが小沢優勢記事を書いているが、これもネット投票による調査結果を受けてのものらしい。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.sponichi.co.jp/society/news/2010/08/28/01.html&quot;&gt;菅首相より小沢新首相…サイト調査で圧倒８割&lt;/a&gt;」（スポニチ2010年8月28日）&lt;br /&gt;
スポニチは２６日の小沢氏の出馬表明を受け、同日午後４時からアンケートを実施。最終集計では一方的な結果が出た。&lt;br /&gt;
　１６７６人から回答があり、「菅首相と小沢氏のどちらが民主党代表（首相）としてふさわしいと思うか？」の問いに対しては、約８０％にあたる１３３６人が小沢氏。「小沢氏が立候補を表明したことについてどう思うか？」の問いでは約８２％の１３７１人が「出馬した方が良い」とした。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;こうまでちがうといっそすがすがしかったりする。もちろん、世論調査とネット投票の結果がちがうのは今に始まったことではなくて、自民党政権下でもみられたが、今回のこれはあまりに落差が大きい。ご存知の方も多いだろうが、多くのネット投票は基本的に希望者が回答するスタイルだから、サンプルバイアスが排除できない。かつ、元サイトを見ていただければわかるが、ネット投票の中には、かなり露骨に回答を誘導しているものもある。もちろん世論調査でよくあるRDD方式だって、調査時に在宅の人が偏ってるおそれは充分あるし、質問のしかたにバイアスを感じることも少なからずあるが、それとてネット投票と比較するほどではないように思われる。よく噂に上がる「ネット工作員」みたいな人たちが本当にいるのかもしれないし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし、ここで重要なのは、民主党代表選が国政選挙とはちがう、ということだ。投票できる人は党員やら何やら、要するに党の関係者に限られてる。RDD方式方式で投票者層が正しく反映されたサンプルを構成できる可能性はあまり高くないのではないか。そもそも世論調査の質問は「代表としてふさわしいのは誰か」「自分なら誰に投票するか」であって、「誰が代表になるか」ではない。その意味で、世論調査の結果が、代表選の結果を直接予測するものでないのはあきらかだ。もちろん代表選に関する世論という意味はあるが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この点はネット投票も同様だろう。これらも基本的に予測ではないようだ。ただ、希望者のみが回答するスタイルは、代表選に関心の高い者を選別する機能を持つから、RDDなどに比べて党員など投票者により近い層が回答している可能性はある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうなるとやはり気になるのは予測市場、というわけで、Shuugi.inで開設されてる&lt;a href=&quot;http://shuugi.in/&quot;&gt;民主党代表選の予測市場&lt;/a&gt;を見てみると、少なくとも現時点で小沢優勢となっている。こちらは回答者の意見ではなく結果の予測を反映しているわけで、回答者の方々は、「小沢代表」を予測しているということになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この点はちょっと面白い。というのも、これまで選挙予測市場は、どちらかというとメディアの報道を後追いするような動きを見せることが多かったからだ。もちろんそれらは国勢選挙だったわけで、今回のような投票者の偏りの可能性は考えなくていい。今回、予測市場の予測がマスメディアの世論調査ではなくネット投票の結果により近い結果を出しているということは、ネット投票のほうがより実際の投票者の動向に近いと判断していることの反映なのかもしれない。あるいは、他のネット投票と同様、サンプルバイアスの影響を受けているのかもしれない。現在のShuugi.inのしくみはダブルオークションではないので、サンプルバイアスの影響をより受けやすくなってるはずだし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん結果はまだわからない。現時点で、小沢氏が代表選に出ない可能性もまだある、というかそちらに流れているとの報道もあったし。いずれにせよ、今回の件は、もう少し詳しくみていくと面白そうな気がする。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>予測市場</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-31T00:13:12+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-53de.html">
<title>あえてホメオパシーとの「共生」を考える</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-53de.html</link>
<description>どういう経緯か詳しくは知らないが、ここしばらく、ホメオパシーへの批判があちこちで...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;どういう経緯か詳しくは知らないが、ここしばらく、ホメオパシーへの批判があちこちで盛り上がっている。日本学術会議やら日本医師会やらがこぞって「根拠がない」との見解を表明している。SYNODOS BLOGの&lt;a href=&quot;http://synodos.livedoor.biz/archives/1489733.html&quot;&gt;菊池誠さんの記事&lt;/a&gt;を見ると、きっかけになったのは、昨年10月に助産師が行ったホメオパシーに関連して&lt;a href=&quot;http://mainichi.jp/select/science/news/20100825ddm008040055000c.html&quot;&gt;乳児が死亡した件&lt;/a&gt;あたりだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういう風潮の中でこういうことを書くのは若干勇気がいるが、ここではあえて、ホメオパシーとの「共生」を考えるべきではないか、と主張したい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;最初にことわっておくが、私は基本的に、疑似科学の類を信じていない。あまりひとくくりにするのもどうかと思うのでホメオパシーに話を限ると、もしホメオパシーが、上記リンク先の菊池さんの記事に解説されているようなものであるとするならば、科学的な根拠はないと判断せざるを得ない。こう説明されている。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;よく用いられるレメディは100倍希釈を30回繰り返してつくられる。1回ごとに100倍に薄まるので、これは10の60乗(1のあとに0が60個)倍の希釈である。コップ一杯の水に含まれる水分子の数は10の25乗(1のあとに0が24個)個程度だから、コップ一杯の水にレメディの元となる成分は平均として1分子も含まれない。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これほどの希釈が可能というのは分子が発見される以前に考えられた理屈で現代では通用しないが、その代わりに、水が薬効成分の情報を記憶するのだという説明が付け加わっているらしい。「水からの伝言」じゃあるまいし、冗談も休み休みという感じで、とても信じられるものではない。学術会議が出した「根拠がない」との声明には、全面的に賛同する。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;問題はここからだ。にもかかわらず、昨今のメディアその他における論調がホメオパシー叩きというか、弾圧とでもいえそうな厳しい感じになっていることには、若干の危惧を覚える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本来、ホメオパシーで用いられる「レメディ」なるものは単なる砂糖玉であって、人体に悪影響を及ぼすものではない。それが問題になったのは、その「レメディ」が医療行為の代替として行われ、結果として当該幼児が医療を受ける機会を奪ったからだ。そしてそれが死という痛ましい結末に至ったとなれば、座視できないのは当然のこと。つまり、ここでポイントになるのは、ホメオパシーに医学的な意味で効果があるかどうかではなく、医療を受ける機会を阻害するかどうかであるわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その意味でいえば、上記リンク先の毎日記事で、「日本ホメオパシー医学協会」が「欧米の実績で分かるようにホメオパシー療法は効果が科学的に証明されている」と反論していること自体は笑止だが、実のところ、ここでホメオパシーの効果について議論することは、あまり意味がない。ホメオパシー以外にも、私たちは日常、数多くの、効果の知れない民間療法やら祈祷やらお守りやら絵馬やら開運印鑑やら幸運の壺やら何やらに金を払っているからだ。ホメオパシーで使う砂糖玉も、これらのものと基本的には同じだ。愚行権とまで書くと語弊があるかもしれないが、私たちには、効果の知れない代替治療に金を払う権利がある。それが医療を受ける機会を奪うものでなければ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、そこがまさに最大のポイントなのではないかと思うわけだ。&lt;a href=&quot;http://www.asahi.com/health/news/TKY201008100476.html&quot;&gt;朝日新聞記事&lt;/a&gt;には「日本ホメオパシー医学協会は取材に「現代医療を否定してはいない。（女性が死亡した）案件は調査中」と回答した」とあるが、実際にああした事件が起こったということは、中には現代医学による治療を受けるとホメオパシーの効果が失われるとする療法家がいると考えた方が自然だ。単純にいえば、この点さえはっきりさせれば、つまり、ホメオパシーが現代医療と競合するものではなくホメオパシーによる治療を受けているからといって現代医学に基づく治療を拒否してはならない、とその協会だか何だかが現場の末端に至るまで徹底してくれれば、これを危険視する理由はない。快癒祈願の千羽鶴を危険視することがないのと同じだ。必要なら、協会が、現代医療と両立できる新たなホメオパシーでも「開発」すればいいではないか。彼らが生き残りたければ、ぜひそうすべきだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこまでホメオパシーを擁護しなくてもいいのではないか、という考え方もあろうが、別に擁護しているつもりはまったくない。上記のとおり、私はホメオパシーの効果をプラシーボ以上のものとは考えていない。ただ、現在ホメオパシーを信奉している人たちはそれなりにたくさんいて、これらの人たちの中には、この考え方にあまりに深くはまっているために、その他の考え方を受け入れようとしない傾向を持つ人がいるのではないか。そういう人が、自分たちが信奉している対象をあまりに強く否定されると、かえって意固地になったりして、より強くホメオパシーに頼るようになってしまうのではないかという危惧を抱いている。そうなってはかえって危険だ。本人ならまだしも、上記のケースのように、抵抗できない幼児等が犠牲になったりするリスクを高めかねないのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういう意味で私たちが考えるべきなのは、ホメオパシーの信奉者たちを科学的常識をもって強引に「転向」させることではない。彼らが医療行為を拒否することなく、無駄に命が奪われない状況を作り出すことではないか。あまり「深入り」せず、重い病状でも医療を拒絶するような深刻なところまでいかずにとどまれるのであれば、正直、放置しておけばいい。プラシーボ効果だって有効に使えるケースがあるかもしれないから、そういうものは生かせるなら生かしたらいい。逆に、深刻なケースには、処置が必要だろう。治療の機会を奪われた人に対する加害行為とみるべき場合もあるはずで、そういう場合には「加害者」の訴追を躊躇すべきではないと基本的には思うが、刑事責任追及で話を終わらせては解決にならない。「加害者」はそれが正しいと信じてやっているからだ。場合によっては、カウンセリングその他の心のケアも必要かもしれない。信奉者の方々には悪い表現だが、そういった有害な信奉は一種の依存症ととらえていいのではないかと思う。それなら、それなりの対処のしかたがあるはずだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういうやり方では、ホメオパシーがなくなることはないだろうが、どんどん広まっていくこともなかろう。護摩たいて祈祷したり手をかざしたり、パワーストーンを身につけたりする行為と同じように、社会の中でそれを求める一部の人に利用され続けることになるんだろう。それを「共生」と呼ぶなら、私たちの社会がホメオパシーと「共生」できる状況をいかに作るかを考えることが、今求められているのではないかと思う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-27T01:06:17+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/slate-92ac.html">
<title>Slateが中間選挙の予測ゲームを始めた</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/slate-92ac.html</link>
<description>「Slate」が2010年11月2日の米中間選挙の予測ゲームを始めている。「Le...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.slate.com/&quot;&gt;Slate&lt;/a&gt;」が2010年11月2日の米中間選挙の予測ゲームを始めている。「&lt;a href=&quot;http://labs.slate.com/apps/lean-lock/slate.php&quot;&gt;Lean/Lock&lt;/a&gt;」というもの。基本的には投票方式だが、いろいろ工夫しててなかなか面白い。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;予測は上院、下院と州知事それぞれについて。今のところ全部ではなく、一部の、おそらくは盛り上がってるところを選択してるっぽい。個々の選挙に関してどっちが優勢かとか、全体の状況を&lt;a href=&quot;http://labs.slate.com/apps/lean-lock/map/&quot;&gt;地図&lt;/a&gt;で色分けして見せたりとか、UIは分かりやすい。このシステムを提供してるのはYahoo!みたい。Pennockのところだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;基本的には投票方式。どっちが優勢か、選んで投票するが、そのやり方が2種類ある。「lean」は、要するにそっちが勝ちそうだな、というやや弱い予測。これはいつでもコストなしに変えられ、24時間「lean」していると、もしその選択が結果的に合っていれば15ポイントもらえる。一方、「lock」は自信のある場合の予測。「lock」すると、それから1日につき（合っていれば）20ポイントもらえる。しかしいったん「lock」すると、一度だけ、500ポイントを払って解除することができる以外は基本的にその選択を解除できなくなる。これで、自信の度合いを反映させようというわけ。1日ごとにポイントがつくから、早く始めたほうが有利だが、同じタイミングで始めたなら、早く「lock」にしたほうが得点が高い。もちろん当たればだが。で、もし選挙結果が世論調査のとおりならという想定で暫定ランキングとかも出してる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Slate内の&lt;a href=&quot;http://labs.slate.com/&quot;&gt;SlateLab&lt;/a&gt;から入れるほか、&lt;a href=&quot;http://www.facebook.com/apps/application.php?id=351925212398&quot;&gt;Facebook&lt;/a&gt;からも入れる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というか、今見たら、SlateLabsってけっこう面白いことやってる。後で他も見てみる。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>予測市場</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-25T15:36:17+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/wish2010-9de3.html">
<title>「WISH2010」が開催される</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/wish2010-9de3.html</link>
<description>2010年8月28日（土）午後、日本のウェブの未来を担うような可能性のある「サー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;2010年8月28日（土）午後、日本のウェブの未来を担うような可能性のある「サービス」や「端末」を、参加者全員で発掘・共有・応援しようというイベント「&lt;a href=&quot;http://agilemedia.jp/wish2010/&quot;&gt;WISH2010&lt;/a&gt;」が開催されるので勝手に告知協力。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;object width=&quot;370&quot; height=&quot;223&quot;&gt;&lt;param name=&quot;movie&quot; value=&quot;http://www.youtube.com/v/E0mXEUKOcb8?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowFullScreen&quot; value=&quot;true&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowscriptaccess&quot; value=&quot;always&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src=&quot;http://www.youtube.com/v/E0mXEUKOcb8?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot; type=&quot;application/x-shockwave-flash&quot; allowscriptaccess=&quot;always&quot; allowfullscreen=&quot;true&quot; width=&quot;370&quot; height=&quot;223&quot;&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年のプレゼンターは&lt;a href=&quot;http://agilemedia.jp/wish2010/presenter-list/&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;。昨年夏に開催された「WISH2009」では、62の一般公募から選考された14のサービスのプレゼンが行われ、注目を集めた。今年もネット中継を行う。メインとなるUstream中継はソラノートのそらのさんが担当、我々はニコ生で中継を行う予定。生中継画面へのリンクは&lt;a href=&quot;http://live.nicovideo.jp/watch/lv24985341&quot;&gt;こちら&lt;/a&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今年は時間も長くなって、パネルディスカッションだとか広瀬香美さんのライブだとかもあるらしい（&lt;a href=&quot;http://agilemedia.jp/wish2010/program/&quot;&gt;プログラム参照&lt;/a&gt;）。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちなみに昨年の「WISH2009」のダイジェストムービーはこちら。個々のプレゼンの動画もわれわれが撮ったもの等がYouTubeに上がっているので興味ある方は検索いただければ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;object width=&quot;370&quot; height=&quot;223&quot;&gt;&lt;param name=&quot;movie&quot; value=&quot;http://www.youtube.com/v/AWcN1ULkmvk?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowFullScreen&quot; value=&quot;true&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowscriptaccess&quot; value=&quot;always&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src=&quot;http://www.youtube.com/v/AWcN1ULkmvk?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot; type=&quot;application/x-shockwave-flash&quot; allowscriptaccess=&quot;always&quot; allowfullscreen=&quot;true&quot; width=&quot;370&quot; height=&quot;223&quot;&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>勝手に広告</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-24T16:01:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-f1b2.html">
<title>社会保障に関する議論がいつもぐちゃぐちゃになる件について考えてたらぐちゃぐちゃになって</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-f1b2.html</link>
<description>社会保障に関する議論っていつもぐちゃぐちゃになって収拾がつかないなあと思う。こう...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;社会保障に関する議論っていつもぐちゃぐちゃになって収拾がつかないなあと思う。こういう問題だとみんなつい感情的になりがちだということもあるけど、それを除いても、やはり対立点は残る。つらつら考えるに、おそらくだが、人によって見てるところがちがうからではないか。で、そのことをわざとかもしれないが放っておいて議論するからじゃないか、などと思ったりしたので、手短にメモしとこうと思ったら自分でもぐちゃぐちゃになってしまってへこんだのだが、途中経過として記録しとこうと思うので書いとく。そういう前提でお読みいただければ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;対立ってのがどんなものかというと、たとえばこのニュース。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.asahi.com/business/update/0715/TKY201007140600.html&quot;&gt;最低賃金が生活保護下回る地域、１２都道府県に拡大&lt;/a&gt;」&lt;br /&gt;（朝日新聞2010年7月15日）
最低賃金が生活保護水準を下回る「逆転現象」が起きている地域が１２都道府県あることがわかった。１４日、２０１０年度の最低賃金の引き上げ額を議論する中央最低賃金審議会の小委員会で厚生労働省が報告した。これまでより２県増え、差も広がった。 &lt;br /&gt;
・・・使用者側委員は「中小企業は厳しい経営環境が続いている」と最低賃金の大幅な引き上げに懸念を示した。&lt;br /&gt;
労働側委員は「今の最低賃金額では、健康で文化的生活にはほど遠い」と反論し、労使代表が雇用戦略対話で合意した「全国最低８００円」という目標を３年程度で実現すべきだと主張した。 &lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;生活保護と最低賃金という2つの社会保障政策の「不整合」という問題。あらっぽく類型化すると、次の2つの意見が対立しているという構図に集約されるのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;(1)最低賃金が生活保護給付より低いなんてひどい。だから最低賃金を引き上げるべきだ。&lt;br /&gt;
(2)生活保護給付が最低賃金より高いなんてひどい。だから生活保護の給付額を減らすべきだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん他にもいろんな意見があるだろうがあくまであらっぽい類型化。どちらかの立場を明確にとっておられる方にはなかなか想像できないかもしれないが、それぞれの考え方にはそれなりの支持者がいる。ここではとりあえずその適否はおいとく。とにかく対立している。それぞれの意見の「根拠」としてよく持ち出されるのは、象徴的な事例だ。たとえば(1)の立場では、こんな記事。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-07-29/2010072901_01_1.html&quot;&gt;最賃上げ景気回復　全国から霞が関に願い結集&lt;/a&gt;」（しんぶん赤旗2010年7月29日）&lt;br /&gt;
「最低賃金の時給では、（生活保護水準の収入を得るには）１日１４時間も働かなければならない」。日比谷野外音楽堂で開かれた総決起集会の壇上で、大阪労連の代表は最低賃金の低さを告発しました。前日は労働局前で千分間のハンガーストライキを決行。最低賃金額で暮らす１週間の食事を並べたところ、その量の少なさに驚きの声が上がったと報告しました。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;要するに、最低賃金が低いがゆえに困ってる人がいるという話だ。この立場の方はおそらく、生活保護についても現状は不充分であると考えている可能性が高かろう。そういう考えを補強するのは、たとえば&lt;a href=&quot;http://mainichi.jp/area/shizuoka/news/20100819ddlk22010164000c.html&quot;&gt;生活保護申請の際に事前審査をしていたケース&lt;/a&gt;とか、&lt;a href=&quot;http://www.asahi.com/national/update/0816/TKY201008160385.html&quot;&gt;生活保護を受けられずに熱中症などで亡くなってしまったケース&lt;/a&gt;などの記事。説得力がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方、(2)に近い立場では、たとえばこんな記事が挙げられるだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「沖縄旅行」に「月一すし40皿」　生活保護では「贅沢」なのか（J-CAST NEWS2009年10月20日）&lt;br /&gt;
政権交代前の09年8月21日の毎日新聞では、京都市の46歳の母親と18歳の長男の世帯での、母子加算が打ち切られる前のエピソードが掲載されているのだが、&lt;br /&gt;
    「月1度の回転ずしがささやかなぜいたくだった」&lt;br /&gt;
との書き出しで、&lt;br /&gt;
    「向き合って座り、積み上がった40枚以上の皿を見る時だけは、貧しさを忘れられた」&lt;br /&gt;
などと綴られている。これに対して、ネット上では&lt;br /&gt;
    「40皿は多すぎる」&lt;br /&gt;
    「どうして、子どもはアルバイトをしないのか」&lt;br /&gt;
といった批判の声があがっている。一方、母子加算の減額処分の取り消しを求めて訴訟を起こしていた広島市の原告女性は&lt;br /&gt;
    「『沖縄の水族館に行きたい』という長女の夢をかなえたい」（09年10月1日、朝日新聞）&lt;br /&gt;
などと発言。これに対しても、やはり&lt;br /&gt;
    「沖縄よりもずっと安く行ける水族館は沢山ある」&lt;br /&gt;
    「どのレベルまでを（憲法で保障されている）『文化的な生活』として許容するのか」&lt;br /&gt;
などと批判が起こっている。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;こちらは生活保護に注目して、受給者の要望がぜいたくではないかとほのめかしている。この記事はやややっかみめいたものがあるが、もともとこの意見は若干表に出しづらいのだろう、マスメディアなどでは「控えめ」に伝えられるのがふつうで、もっと露骨な意見が見られるのは主にネットだ。この記事もネットニュース。とはいえ、これにたとえば、ちょっと前に話題になった&lt;a href=&quot;http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100710/lcl1007101446001-n1.htm&quot;&gt;外国人が来日直後に生活保護申請しようとしたケース&lt;/a&gt;や「生活保護受給者がベンツでパチンコ屋に日参」のような数々の噂話を含む一連の不正受給問題が加わると、それなりに説得力が出てくる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろんこの問題、理屈の上ではそれなりにはっきりしている。そもそもこの2つの不整合が問題だという点については異論なかろうが、法的には、最低賃金法の2007年改正で、生活保護制度との整合性をはかることが求める規定が加わった。こんな規定。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;（地域別最低賃金の原則）&lt;br /&gt;
第９条　賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障するため、地域別最低賃金（一定の地域ごとの最低賃金をいう。以下同じ。）は、あまねく全国各地域について決定されなければならない。&lt;br /&gt;
《全改》平19法129&lt;br /&gt;
２　地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。&lt;br /&gt;
《全改》平19法129&lt;br /&gt;
３　前項の労働者の生計費を考慮するに当たつては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;要するに、生活保護の水準を前提として最低賃金を決めろという話で、その意味では上記でいう(1)が「正解」というわけだ。さらにここにはもれなく、企業が従業員を非正規雇用に置き換えてコスト削減しつつ巨額の利益を上げ、内部留保としてため込んでるみたいな話がついてくる。とくれば、最低賃金を引き上げろというのは当然のようにも思われよう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしことはそう簡単じゃない。そもそも賃金は民間が決めるものなわけで、政府が最低賃金を定めることは、企業への規制。だからその引き上げは規制の強化で、かつ体力のない中小企業などでは死活問題に直結するから、実際に引き上げようとすれば反発があるのも当然。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-08-21_9481/&quot;&gt;溝大きく議論平行線　最低賃金・県内審議始まる&lt;/a&gt;」（沖縄タイムス2010年8月21日）&lt;br /&gt;
県内専門部会で経営側は「（目安の）１０円の増加は、地域の経済情勢を全く考慮しない乱暴なもの」と指摘。中小零細企業の多い沖縄では、企業経営が困難になり、人件費の上昇で「失業率低減の実現は遠のく」と、据え置きを訴えた。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;それに、じゃあ大企業なら負担増でもいいかというともちろんそんなことはないわけで、今度は国際競争がからんできて、もし負担が増すようなら大企業は拠点を海外に移すようになるだろうから、このままでは国内産業が空洞化するみたいな話に発展する。この立場の人は当然ながら法人税の引き下げにも賛成するだろう。さらにここには、自治体ももうカネがないよという話が加わる。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/news/20100821-OYT8T00042.htm&quot;&gt;県債残高　　最悪１兆４４８７億円&lt;/a&gt;」（読売新聞（宮城県版）2010年8月21日 ）&lt;br /&gt;
歳出は、中小企業への貸付金の増加により商工費が同３１５億円増の１０５９億円、老人福祉費や生活保護費の増加により民生費が同２０６億円増の１１３０億円となった。財政の硬直度を測る経常収支比率は９４・２％で、０１年度から９年連続で９０％を超え、財政の自由度が狭まっている。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ここまでくると問題の裾野が広がりすぎて、もう収拾がつかない。一方が「大企業が金を溜め込んで政府も無駄金を使って」といえばもう一方は「ヤクザや外国人、それに一部の怠け者が大量に不正受給してるのを見逃すのか」と返し、しまいには膠着状態に至るかつかみあいになるかだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;2つの考え方が、一見同じテーマに向かってるように見えても、実際には「給付が適切に行われているか」と「コスト増を誰が負担すべきか」について、それぞれ別の部分に着目しているわけだ。それぞれの部分はそれ自体必ずしもまちがってるわけじゃないが、結果として逆の結論に至るから、共存できるわけでもない。このへんを自覚してないのかあえて無視してるのか知らないが、自分たちに都合の悪い部分を見ないのでは議論がぐちゃぐちゃになるのはいわば当然だろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;じゃあどうすればいいんじゃいというあたりまでつっこめるほどこの問題について詳しくはないが、少なくとも、「じゃあちゃんと調べて、負担すべきところが負担して、もらうべき人がもらうようにすればいいじゃん」みたいな誰でも思いつきそうなぐらい案で解決しないことはわかる。そのためのコストがかかるし、コストをかけても文句が出ない程度にきちんとできるとは限らないからだ。そんなことができるくらいなら最初から問題はおきない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さらにいえば、この問題の裏にはおそらく、「どこかで誰かがずるしてうまい汁吸ってるんだろうそうにちがいない」みたいな、誰の心の中にもあるどろどろした感情が渦巻いてるのではないかと思う。もちろんこれは恥ずかしくて表に出せないから、代わりにりっぱなお題目を掲げることになるわけだ。しかしいったん掲げたお題目は一人歩きするから、逆にそれに縛られて身動きができなくなるという次第。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;その意味で、ひとつ思うのは、情報の透明性と、それをみんなで共有するしくみが重要ではないかと思う。手短に書こうと思いながらだいぶ長くなってきちゃったのでここから先はまた別の機会にしようと思うが、主に自分向けのメモ書きとしてひとくさりだけ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;誰だって助けるべき人は助けるべきだと思うだろうし、ずるしてる人はペナルティを受けるべきだと思うだろう。本当に必要なコストをみんなで負担するなら甘んじて受けるが、必要でないコストを負担することや、自分たちだけが重く負担することはいやだとも思うはずだ。問題は、どういう状態が助けるべきでどういう状態がずるなのかについての認識が共有されていないことと、そうした個々の人々や企業の状態を把握したり、実際にサービスを提供したりするためのコストがかかりすぎることなのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たとえば最低賃金規制も生活保護も、憲法第25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化するための制度であるわけだが、じゃあその「最低限度」がいったいどんなものであるかについて、認識が広く共有されているとはとてもいえない。その基準となる、厚生労働省が決める「最低生活費」はもちろんきちんとしたプロセスをふんで決められているのだろうが、実際誰がどうやって決めているかも含め、その詳細はあまり知られていない（付け焼刃で調べたら&lt;a href=&quot;http://www.wam.go.jp/wamappl/bb16GS70.nsf/0/69668A67ED5322CD4925737D000144B1&quot;&gt;このあたり&lt;/a&gt;に少し出ている。議事録も含め興味深い）。どうもあまり外部には知られたくないっぽい風情を感じるのだが、そのあたりは改めていくべきではないかと思う。専門性が要求される分野ではあろうが、同時に一般庶民の感覚との整合性が大事な分野でもあるからだ。むしろオープンに、どのレベルを最低限度とすべきか問うてみたらいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;コストがかかりすぎるのは、つきつめれば、そのすべてを公的セクターに、「プロ」のサービスとして行わせようとするからではないかと思う。もちろん、必要なコストをかけられるようにするために経済成長の可能性を探ったり財源を確保したり他のところで無駄を省いたりする作業が必要であるにはちがいないだろうが、それと同時に、このサービス自体にかかるコストを下げることも考えていくべきではないか。最近一部で話題になった「新しい公共」がどんなものか詳しくは知らないが、考えるべき領域ではあろう。公的サービスをすべて公的セクターに任せる発想から、少なくとも一部は脱却したほうがいいような状況になりつつあるように思われる。公的セクターのやることに対しては、国民の側にも公的セクターの人の間でも、「無謬性」というとちょっとちがうニュアンスかもしれないが、「完全」を求める発想が今でも色濃くあるように思う。それを取り払って考えることも必要かもしれない。そのうえで、サービスの水準とそのための国民負担の関係をわかりやすく示すことで、社会的な合意につながっていく、とまで自信をもっていえるほどではないが、そう期待したいしそっちの方向ならできる範囲で協力したい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とりあえずこのへんでやめとく。あとはまた別の機会に。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-22T17:02:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/812-ac7c.html">
<title>8月12日はスキヤキの日にしてはどうかと思う</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/812-ac7c.html</link>
<description>「日本記念日協会」なる団体？がある。正直性格がよくわからなくて、あるいは個人なの...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;「&lt;a href=&quot;http://www.kinenbi.gr.jp/index2.html&quot;&gt;日本記念日協会&lt;/a&gt;」なる団体？がある。正直性格がよくわからなくて、あるいは個人なのかもしれないが、ともあれこの「協会」は、「記念日登録制度」なるものを運用していて、いくばくかのお金を払うと、記念日を協会公認として「登録」してくれる。よく「○○の日」みたいななぜあるんだかわかんない記念日というのがあるが、その中には、ここで「登録」してもらった記念日もまじっているだろう。ちなみに協会のサイトで検索してみると、今日、8月12日はアルプスの少女ハイジの日、配布の日、ハイチュウの日（ここまでは協会公認の記念日。どれも語呂合わせだね）、太平洋横断記念日（こちらは堀江謙一さんによるヨットで太平洋横断したことにちなむもの）であるのだそうだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分自身で登録するまでとは考えていないが、もしここにもう1つ記念日を付け加えるとしたら、「スキヤキの日」としてはどうかと思う。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ちなみにだが、「すき焼き通の日」というのはすでにあって、10月15日らしいが、こちらはあくまで「スキヤキ」の日。カタカナ表記。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;真夏なのに「スキヤキ」とはこれ如何に、という向きもいるかもしれないが、先刻ご承知の方も少なくなかろう。理由はこれ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;object width=&quot;370&quot; height=&quot;296&quot;&gt;&lt;param name=&quot;movie&quot; value=&quot;http://www.youtube.com/v/RtXQ31F1A-k?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowFullScreen&quot; value=&quot;true&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;param name=&quot;allowscriptaccess&quot; value=&quot;always&quot;&gt;&lt;/param&gt;&lt;embed src=&quot;http://www.youtube.com/v/RtXQ31F1A-k?fs=1&amp;amp;hl=ja_JP&quot; type=&quot;application/x-shockwave-flash&quot; allowscriptaccess=&quot;always&quot; allowfullscreen=&quot;true&quot; width=&quot;370&quot; height=&quot;296&quot;&gt;&lt;/embed&gt;&lt;/object&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;Youtubeで「スキヤキ」あるいは「sukiyaki」で検索すればトップに出る動画だ。若い世代にはもうあまり知名度はないだろうが、一定以上の年齢の人ならほぼ知っているであろう坂本九の代表曲の1つ。日本でも大ヒットした「上を向いて歩こう」が海外でなぜか「Sukiyaki」というタイトルでこれも大ヒットしたこともそれなりに有名だろう（&lt;a href=&quot;http://en.wikipedia.org/wiki/Sukiyaki_%28song%29&quot;&gt;参考&lt;/a&gt;）。今はどうか知らないが、ある時期まではまちがいなく、海外で最も知られた日本語の歌だったはず。個人的にも、アメリカ人、イギリス人、インドネシア人などいくつかの国の同年代の人から、それぞれの国の訛りの日本語で、歌って聞かされた記憶がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この曲を歌った坂本九は、25年前の今日、亡くなった。日航機墜落事故だ。事故自体の話は有名だから繰り返さない。そういえばニコニコ動画他で、事故機のフライトレコーダに記録された、当日のクルーの奮闘ぶりを伝える音声も聞いたことがあるが、リンクしない。ただ、今日は「上を向いて歩」く日にしたらどうか、と思ったりしただけだ。そういえば、今日の朝日新聞朝刊の天声人語では、今晩ピークを迎えるはずのペルセウス座流星群の話とつなげて事故のことを取り上げていたな。今日も空を飛び交う航空機の安全を祈り、あの日天に召された方々の冥福を祈り、涙がこぼれないように上を向いて歩く日。実際、慰霊祭でもメモリアルソングとして流されたりするらしいが、せっかく「スキヤキ・ソング」として世界に知られた歌なんだし、夏にスキヤキでも、まあいいんじゃないか、と思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうすぐ、午後6時56分がくる。黙祷。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-12T18:33:08+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-d54a.html">
<title>「駒東大学山口教授」が伝えたかったこと</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/post-d54a.html</link>
<description>2010年8月7日、「スイッチオン・プロジェクト」の記者体験プログラムに参加して...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;2010年8月7日、「&lt;a href=&quot;http://blog.goo.ne.jp/321switchon&quot;&gt;スイッチオン・プロジェクト&lt;/a&gt;」の記者体験プログラムに参加してきた（&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20100806/1281058822&quot;&gt;参考1&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20100801/1280674701&quot;&gt;参考2&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20100807/1281193101&quot;&gt;参考3&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20100808/1281454755&quot;&gt;参考4&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20100810/1281374698&quot;&gt;参考5&lt;/a&gt;）。今年は現実のテーマについて取材するのではなく、架空の設定で「村人」を演じるアクターに取材する、という形式。アクターとして参加した私が割り当てられたのは「駒東大学山口教授」という役柄。本当は経営学の研究者だがいきがかりで環境学に首をつっこんでて、調査のため村に滞在しているという設定になっていた。設定が微妙に現実とかぶる部分もあるのでやりやすいんだかやりにくいんだかわからないが、なかなか面白い経験で楽しめた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、素人役者なりに考えていたことがあって、それがうまく学生記者諸氏の取材で充分にはしゃべれなかったのが若干食い足りない感じではある。というわけでここにひとくさり吐きだしておこうかと。プログラム参加者向けに書いてる部分があるので、わかりにくい部分があったら申し訳ない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;それでも一応、ご存知ない方向けに概略だけ書いておく。「スイッチオン・プロジェクト」というのは、公式サイトによると、組織や媒体の枠を超えてジャーナリストが切磋琢磨しあう場づくりに取り組む、実践的かつ実験的なジャーナリスト育成プログラム、みたいに説明されている。より詳しくは上においといたリンク先でお確かめいただきたい。昨年は、プロのデスクの指導の下、実際の取材を行って記事を書いたわけだが、今年は架空の設定でアクターに取材する形式になったわけだ。企画にからんでないので形式を変えた理由は知らないが、ともあれそこに取材対象となるアクターとして参加するよう要請を受けたので引き受けたという経緯。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;プロの「デスク」（編集のリーダーをこう呼ぶのがこの業界のならわしらしい）を中心に数名の学生記者が配置され、いくつかのチームが編成される。それぞれのチームは、デスクの指揮の下、学生記者たちが取材し、記事の企画を立てる。与えられた素材は、簡単にいえば、過疎の村での新たな村興しの取り組みを伝える架空の新聞記事だ。とはいえそこにはさらっとダム建設計画の復活についての言及があり、何やらもっと事情がありそうな気配。取材対象となるアクターは、村の振興課長、婦人会リーダー、謎のコンサルなど計10人。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実はこのシナリオには、「正解」となる真相は設定されていない。これがこのプログラムのミソで、「真実」がどこかにあるわけではなく、個々の参加者が自らの意思をもって行動する中で事実がどんどん生成され、状況が変化していく。だから、唯一の真相を求めて走り回ってもいい結果は得られない。視点を決め、ひとつの切り口でものごとのある断面を切り取る作業が必要だ。これは、現実の取材と同じ。それを学生記者たちに経験させたいという思いなんだろう。したがって、取材時間として許された3時間の間に、何について誰にどう聞けばいいのかを選択しつつ進めていくのが、学生記者たちと、彼らを指揮するデスクの皆さんの挑戦になるわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この中での私の役柄となった「駒東大学山口教授」は、ダム反対派に学問的な見地からお墨付きを与える行動をとった。「村」ではダム建設と、記事にも取り上げられた祭りなどの村興し事業を一体としてすすめる動きがあるわけだが、取材を進めていくと、これに対して環境保護の観点からダム建設を快く思わない人たちがいて、表立っては言わないものの不満を募らせ、独自にアートイベントを開こうとの動きもあることがわかってくる。こういう対立構図の中で、現地調査に来ていた「駒東大学山口教授」は後者の「反対派」に加担し、専門分野である「持続可能な地域開発」の観点からダム建設反対の論陣を張った。だから一見、その立場は明快だったようにみえたかもしれないが、実際にはそう単純なものではなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もともとこの役柄には、他には明かされていない裏設定があった。「駒東大学山口教授」は「「この村にはダムをつくってもいいのでは」と思っているが（中略）言い出せず困っている」、というものだが、当初はまあそんなもんだろと思って、そのまま演じるつもりでいた。しかし、事前打ち合わせで、「村」の振興課長役を演じる東海大の河井先生と話をした際、そのダム推進の論理があまりに説得力があったので、アプローチを変えることにした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;河井「課長」の論理は、地域振興、というか地域存続のための手段としてダムを受け入れる、というものだった。下流地域の治水の必要性などりっぱなお題目を並べつつも、つきつめれば、他にこれといった産業も観光資源もなく、人口が高齢化していく村がコミュニティとして存続していくためには、ダム建設の受け入れによって獲得できる交付金や補助金等に頼るしかない、という切ない理屈だ。河井先生の演技は、過疎の村などに典型的なこの考え方を見事に再現していたのだが、こうした自治体がおかれた現実をふまえると、この主張への反論は難しい。実際、事前打ち合わせの際、「振興課長」と「反対派」村民との話し合いも行われたのだが、「課長」から説明を受けた「反対派」役のアクターは、誰も有効な反論ができなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;このままでは一方的になってしまう、なんとかしなければ、と思った。「ダム反対派」に近い立場を演じる以上、「味方」の劣勢を見過ごせなかったというのもあるが、同時に若干利己的な理由もある。あらかじめ設定された「真相」がなく、アクター自身の考えで行動できるとなれば、やはり自分の役柄の主張が大きく扱われて欲しいと思うのは人情だ。学生記者やデスクたちの間で取材競争があったのと同じように、アクター間でも一種の影響力競争のようなものがあった。少なくとも自分はそう感じていて、全体の設定に矛盾をきたさない範囲で独自に動いてやろうと思ったわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかしもちろんそれだけではない。この「振興課長」の立場をもっと複合的にみる必要がある、と思った。おそらく、「課長」の直面するジレンマこそがこの問題の最も重要なポイントだからだ。この「村」のような自治体の立場では、自ら選択できる余地はほとんどなく、事実上、与えられた選択肢を受け入れるか受け入れないかしかないわけだが、たとえば県のレベル、国のレベルでは、その気になればもっといろいろやれることはあるはずだ。なぜ「ダムあり＋環境破壊」と「ダムなし＋コミュニティ崩壊」のいずれかを選択しなければならない状況になってしまっているのか、他の選択肢はないのか、「村」にとっての与件の中に実は変えられるものがあるのではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういうジレンマは、各地の自治体が直面しているはずの共通課題だろう。マスメディアではよく「開発か、環境か」みたいな二者択一の議論を見かけるような気がするが、本来、彼らの役割は、そういう表層的な対立を追いかけることよりも（それも大事ではあるが）、むしろこの「村」が直面するような問題の「構造」を掘り起こすことではないか。「裏設定」の中には、隣村には有力な観光資源である温泉がある話、「村」がかつてその隣村との合併を選択しなかった話などもあった。「課長」をていねいに取材していけば、そうした事実を掘り起こすことができるかもしれない。「公式見解」ではない「本音」的な部分聞き出すことができるかもしれない。そうすれば、「もうひとつの道」がみえてくるかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこには、私自身の考えも反映している。「持続可能性」ということばはしばしば「自然と共生」やら「環境重視」やらといった耳触りのいいキーワードといっしょに語られるから、ダム建設に関しては反対の方向でばかりみられがちだが、これは経済や財政の分野でも使われることばだ。こちらの領域では、お金が回らなくなるような状態は持続可能とは呼ばない。この「村」で行われようとしている村興しのイベントの類は、一般的には面白がられるかもしれないが、それで村がどうにかなるというほど大きな影響を与えることは少ないし、独立採算とまではいかないケースも多いから、単体で持続可能とはいいがたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この「村」がダムなしでは存続できないとすれば、ダムによって村は持続可能性を獲得することになるわけだが、一方国レベルではそうしたやり方、つまりコミュニティ維持のためにダムやら道路やらの（おそらくそれ自体の必要性はあまりない）公共事業に頼るやり方は持続可能性がないことがはっきりしつつある。となれば、問うべきは、村を現状のまま「持続」することが本当に最優先すべき課題なのか、仮に村の「持続」が必要としても、それならダム建設をその手段として使うのはまちがいではないかという議論ではなかろうか。ややタッチーな議論だから、メディアが扱うことは現実にはなかなか難しいのかもしれないが、こういうテーマこそ報道が取り組むべき課題だと思うし、今回のような「実験室」的な場ならやりやすいかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、「駒東大学山口教授」としての私がやったことは基本的に2つ。議論のバランスをとるために、持続可能性の観点からダムに反対であるとのスタンスを明確に打ち出し主張することと、河井「課長」の主張の説得力を弱めるために、この種の案件によくある汚職の噂を流すことだ。取材に来た学生記者には、専門家の「教授」として、国土交通省の&lt;a href=&quot;http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tisuinoarikata/index.html&quot;&gt;有識者会議&lt;/a&gt;での検討状況（これは本当にある）を示しながら、「3つの持続可能性」と名付けた怪しげな理論（こっちは口から出まかせ）を「講義」してみせ、ダム建設ではなくアートイベントこそ持続可能性の観点から望ましいと主張した。気付いた学生記者には、「たまたま」手元にあったあやしげな週刊誌記事を渡した。いってみれば、河井「課長」の現実をふまえた主張に対し、これもよくある「空中戦」で対抗しようとしたわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;学生記者から、イベント成功の可能性や、それで村はよくなるのかといった質問を受けた際にはちょっと苦しかったが、「これだけでうまくいく保証はないが、大事なのは村民が自らの意思で立ち上がることだ」といういかにも正論ぽい煙幕を張って逃げた。もちろんある意味そのとおりだが、あきらかに論理のすりかえがあって、はっきりいって苦しい「逃げ」でしかない。とはいえ実際の報道でもよくみられる表現だから、プロのジャーナリストでも気づきにくのかもしれないが。少なくとも、ここにつっこんできた学生記者たちはいなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結果からいえば、この策は当たった。というか、やや効きすぎたらしい。学生記者たちは、これこそが「真相」と思いこんだのかもしれない。談合疑惑を追及しようと河井「課長」のところに取材が殺到してメディアスクラム状態となったらしい。聞けば、私が渡したあやしげな週刊誌記事をふりかざして（つまり、いかにも信憑性が薄そうに書かれた週刊誌記事をまるごと信用してしまったわけだ）「汚職」を追及しようとしたり、ダム建設方針について「そんなことでいいのか」と問い詰めたりする学生記者もいたとか。なんとも既視感のある、メディアスクラムの典型例ではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;考えてみれば、無駄な公共事業や汚職の噂といった「山口教授」が流した情報は、メディアの方々がもっとも敏感に食いつく類のネタだった。もちろんその「反対側」としての環境やら持続可能性やらもおいしいキーワードなわけで、よくある地域興しネタにこれを加えればいかにもそれっぽい記事ができ上がるはずだ。私は最終的な結果を見ずにその場を離れたので、実際にどのような記事の企画が出たのか知らないが、取材のようすを見た限りでは、そういうアプローチのものがけっこうあったのではないかと想像する。もしそうなら、当然ながらそれは、私の意図するところとはちがう。いくつかのチームが汚職話にひっかかって暴走してくれればいいぐらいには思っていたが、もし多くのチームがこれに引きずられたのだとすれば、それは本意ではない。訓練プログラムならもっとわかりやすくすべきだ、やりすぎだ、という批判もあるかもしれないが、もしあれば甘んじて受ける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ、プロのデスクが指揮していた以上、彼らにも考えてもらいたいと思うところはある。いかに時間が短かったとはいえ、取材にあたったのが学生記者だったとはいえ、やはりアジェンダセッティングはデスクの責任だろう。別に公共事業の無駄や汚職が重要なテーマではないとはいわないが、現状が現状のようになっているのにはそれなりの理由や経緯や（部分的かもしれないが）合理性があるわけで、「どこかに悪者がいる！糾弾しなければ！」だけではジャーナリストとしての責務を果たしたことにはならないのではないか。紋切り型の記事では、問題の解決にはつながらないのではないか。逆に、どこか1つでも、そうした「構造」にまで踏み込んでくれたグループがいたとしたら、私の狙いは成功した、といえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もちろん、デスクの皆さんの奮闘ぶりは、取材時間終了後に少し横で見ていたのでよくわかる。彼らの「苦悩」する姿こそが、学生記者の皆さんにとって最良の手本だったはずだ。通り一遍に陥らない慎重さとより深く掘り下げようというしつこさを、ジャーナリストの皆さんには持っていてもらいたい。あと、失敗にくじけない強さや、失敗から学ぶしたたかさも。学生記者の皆さんが、こういう機会を早いうちに持てたのは、やはりいいことだったのではないかと思う。実際に職業ジャーナリストになる方ばかりではないだろうが、期待している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上、「駒東大学山口教授」の反省半分、期待半分の弁。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;関連記事&lt;br /&gt;
「&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/news-worker/20100830/1283134466&quot;&gt;「記者体験プログラム」遅めの振り返り～「分かっている」と「できる」の差異&lt;/a&gt;」（ニュース・ワーカー2）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-12T09:04:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/n-08b-e868.html">
<title>ドコモN-08Bがとりあえずよくわからない件</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/n-08b-e868.html</link>
<description>ドコモN-08Bにアクセスポイントモードがあるというのでほいほいとモニターに応募...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ドコモN-08Bにアクセスポイントモードがあるというのでほいほいとモニターに応募して、ほくほくと受け取ってきたわけだが、いざ使おうとしたらよくわからなくて、とりあえずへなへなとなっている。モニターの条件で3回以上レポートせいとなっているので、とりあえず1回目。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://hyamaguti.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/08/08/141159660.jpg&quot; class=&quot;mb&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;141159660&quot; title=&quot;141159660&quot; src=&quot;http://www.h-yamaguchi.net/images/2010/08/08/141159660.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;箱を開けてまず試したのは電話。一応電話機なわけで、電話はできるよね、と。もちろんそれは問題なくできてああやっぱり電話だったとつまらない納得をしたまではよかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;せっかくPCライクなかたちをしてるんだからそれっぽく使いたいよねというわけで、次に試したのがブラウザ。ふつうにネットできるだろうかと思って、自分のPCでスタートページにしているiGoogleに入ろうとしたら、いきなり「最大フレーム数を超えたので中断しました」と出て接続が中断されてしまう。ブログを表示させようとすれば「一部のフレームを表示できません」（AdSenseとかが表示されないみたい）から「正常に接続できませんでした」と出てまた中断。一応情報はおおむね見られるには見られるんだが、いちいちメッセージがでてうざいことこのうえない。ツイッターとかはまあふつうに表示されるんだけど、字も小さいし、これもどっちかっていうとふつうのimodeサイトで見たほうがやりやすそう。あんまりPCっぽい使い方を期待しちゃいけないのかもしれないねえ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそもこのモニターに応募した目的であるアクセスポイントモードはまだ試してない。PCとかと流儀がちがって何をどの順番でやればいいのか正直まだよく把握できてない。この点マニュアルは実に不親切で、内臓のヘルプもほとんど何も書いてないに等しいし、ウェブサイトの製品のページを見てもこの件のマニュアルはみつからない。おまけ機能みたいな扱いなんだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とにかくわからんまま中間報告。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ここがわからない</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-09T10:06:22+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/1958-618a.html">
<title>「これからの女性の職業案内」（1958）を読んでみた</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/08/1958-618a.html</link>
<description>古本屋で「これからの女性の職業案内」という本を買った。1958年、北辰堂。著者の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;古本屋で「これからの女性の職業案内」という本を買った。1958年、北辰堂。著者の記載がなく、「編者　初村顕太郎」と記載されている。当時の女性にとっての職業の選択肢とか、職業観みたいなものが想像できるかもと思って買ったわけだが、これがまたいろいろと面白くて。今年も就活シーズンの到来といったところで、まあひとつの季節ネタでもある。ちょっと長文。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この本の趣旨は要するに、当時のこれから社会に出る女性たちに、どんな職業があってそれになるためにはどうしたらいいか、といった情報を提供することだ。冒頭に、「こんにちでは、女性も男性と同じように、学校を卒業すると、社会への最初のスタートすなわち就職ということを考えるのが常識となりました」とある。当時は高度成長期が始まろうとしていたころにあたるのかな。実態として就職が当たり前だったかどうかは別としても、それほど珍しくない（本を出して売れると思われる程度には）ことであって、そうすることがよりよいという価値観が成立していたということだろうか。ちなみに、男女合わせると、当時の中卒者の高校進学率は56％、高卒者の大学進学率は40％前後だったらしい。男女別の数字も調べればわかるだろうがこの本には出ていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、この本には、そういった「新しい時代」を生きる女性のためのいろいろな職業が紹介されているわけだが、最大の特徴と思うのは、その職業紹介の徹底ぶりだ。目次に挙げられてるのはなんと166項目（サブの項目も含む）。もちろん全てを網羅とはいかないだろうが、「ほとんどをカバー」ぐらいまではいえそうな充実ぶりだ。せっかくなので列挙してみる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;オフィス・ガール&lt;br /&gt;
女子銀行員&lt;br /&gt;
キィパンチャー&lt;br /&gt;
デパート・ガール&lt;br /&gt;
エレベーター・ガール&lt;br /&gt;
商店の女店員&lt;br /&gt;
レジスター&lt;br /&gt;
マネキン・ガール&lt;br /&gt;
街頭アナウンサー&lt;br /&gt;
官公庁事務員&lt;br /&gt;
国家公務員&lt;br /&gt;
　四級職国家公務員&lt;br /&gt;
　五級職国家公務員&lt;br /&gt;
　六級職国家公務員&lt;br /&gt;
労働基準監督官&lt;br /&gt;
外交官&lt;br /&gt;
　外交官・領事官&lt;br /&gt;
　外交書記生&lt;br /&gt;
裁判所職員&lt;br /&gt;
　家庭裁判所調査官&lt;br /&gt;
　家庭裁判所調査官補&lt;br /&gt;
　裁判所事務官&lt;br /&gt;
婦人自衛官&lt;br /&gt;
婦人警察官&lt;br /&gt;
女子刑務官&lt;br /&gt;
生活改良普及員&lt;br /&gt;
社会福祉主事&lt;br /&gt;
児童福祉司&lt;br /&gt;
身体障害者福祉司&lt;br /&gt;
蚕糸技術員&lt;br /&gt;
衛生管理者&lt;br /&gt;
保母&lt;br /&gt;
栄養士&lt;br /&gt;
保健婦&lt;br /&gt;
助産婦&lt;br /&gt;
看護婦&lt;br /&gt;
准看護婦&lt;br /&gt;
タイピスト&lt;br /&gt;
秘書&lt;br /&gt;
洋裁師&lt;br /&gt;
デザイナー&lt;br /&gt;
和裁裁縫師&lt;br /&gt;
男子服裁縫師&lt;br /&gt;
ミシン刺繍師&lt;br /&gt;
編物師&lt;br /&gt;
手芸家&lt;br /&gt;
ドライクリーニング師&lt;br /&gt;
電話交換手&lt;br /&gt;
　一般電話交換手&lt;br /&gt;
　国際電話交換手&lt;br /&gt;
　駐留軍関係電話交換手&lt;br /&gt;
　構内電話交換手&lt;br /&gt;
電信通信員&lt;br /&gt;
ラジオ技術者&lt;br /&gt;
テレビ技術者&lt;br /&gt;
通訳&lt;br /&gt;
ガイド&lt;br /&gt;
速記者&lt;br /&gt;
製図員&lt;br /&gt;
写真植字オペレーター&lt;br /&gt;
自動車運転手&lt;br /&gt;
映写技士&lt;br /&gt;
犬の訓練師&lt;br /&gt;
DP業&lt;br /&gt;
美容師&lt;br /&gt;
理容師&lt;br /&gt;
調理師&lt;br /&gt;
珠算教授&lt;br /&gt;
筆耕&lt;br /&gt;
スチュアーデス&lt;br /&gt;
キャディ&lt;br /&gt;
バスの車掌&lt;br /&gt;
観光バスガール&lt;br /&gt;
はとガール&lt;br /&gt;
旅行案内者&lt;br /&gt;
ホテル従業員&lt;br /&gt;
女中&lt;br /&gt;
ウェイトレス&lt;br /&gt;
　喫茶店のウェイトレス&lt;br /&gt;
　食堂のウェイトレス&lt;br /&gt;
　バーの従業員&lt;br /&gt;
劇場従業員&lt;br /&gt;
娯楽場従業員&lt;br /&gt;
競技場従業員&lt;br /&gt;
家庭女中&lt;br /&gt;
メイド&lt;br /&gt;
新聞記者&lt;br /&gt;
編集者&lt;br /&gt;
著述家&lt;br /&gt;
批評家&lt;br /&gt;
翻訳家&lt;br /&gt;
リライター&lt;br /&gt;
カメラマン&lt;br /&gt;
ファッション・モデル&lt;br /&gt;
演出家&lt;br /&gt;
　映画監督&lt;br /&gt;
　舞台監督&lt;br /&gt;
シナリオ・ライター&lt;br /&gt;
スクリプター&lt;br /&gt;
映画女優&lt;br /&gt;
新劇女優&lt;br /&gt;
軽演劇女優&lt;br /&gt;
アナウンサー&lt;br /&gt;
プロデューサー&lt;br /&gt;
ラジオ声優&lt;br /&gt;
テレビ女優&lt;br /&gt;
洋舞家&lt;br /&gt;
ステージ・ダンサー&lt;br /&gt;
日本舞踏家&lt;br /&gt;
茶道教授&lt;br /&gt;
書道教授&lt;br /&gt;
生花教授&lt;br /&gt;
邦楽家&lt;br /&gt;
流行歌手&lt;br /&gt;
音楽家&lt;br /&gt;
画家&lt;br /&gt;
彫刻家&lt;br /&gt;
工芸美術家&lt;br /&gt;
図案家&lt;br /&gt;
挿画家&lt;br /&gt;
漫画家&lt;br /&gt;
商業美術家&lt;br /&gt;
モデル&lt;br /&gt;
　写真のモデル&lt;br /&gt;
　絵、彫刻のモデル&lt;br /&gt;
職業スポーツ家&lt;br /&gt;
　女子野球&lt;br /&gt;
　競輪選手&lt;br /&gt;
　女子プロ・レスリング&lt;br /&gt;
　アイス・スケート&lt;br /&gt;
教育職員&lt;br /&gt;
養護教諭&lt;br /&gt;
大学教授&lt;br /&gt;
図書館司書&lt;br /&gt;
図書館事務員&lt;br /&gt;
司書教諭&lt;br /&gt;
裁判官&lt;br /&gt;
検察官&lt;br /&gt;
弁護士&lt;br /&gt;
弁理士&lt;br /&gt;
公認会計士&lt;br /&gt;
税理士&lt;br /&gt;
電気技術者&lt;br /&gt;
医者&lt;br /&gt;
歯科医者&lt;br /&gt;
歯科衛生士&lt;br /&gt;
歯科技工士&lt;br /&gt;
獣医師&lt;br /&gt;
薬剤師&lt;br /&gt;
診療X線技師&lt;br /&gt;
臨床病理技術士&lt;br /&gt;
女子工員&lt;br /&gt;
　衣料関係の女子工員&lt;br /&gt;
　食料品関係の女子工員&lt;br /&gt;
　化学製品関係の女子工員&lt;br /&gt;
　精密機械関係の女子工員&lt;br /&gt;
　電気機械関係の女子工員&lt;br /&gt;
　印刷・製本関係の女子工員&lt;br /&gt;
　その他の女子工員&lt;br /&gt;
派出婦&lt;br /&gt;
舎監・寮母&lt;br /&gt;
保険勧誘員&lt;br /&gt;
契約外交員&lt;br /&gt;
販売員&lt;br /&gt;
集金人&lt;br /&gt;
私立探偵&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;いやすごいね。執念というべきであろう。映画女優とか私立探偵とかまで拾ってる。とはいえ、やはり濃淡はあって、当時の一般的な女性にとってより身近であろう職業については、分類を細分化するかたちでより詳しく説明している。たとえば国家公務員、裁判所職員のような公務員系は主だったところを別項目で紹介してるし、その他電話交換手では4種類、ウェイトレスでは3種類、女子工員では7種類のサブ項目に分けている。国家公務員で四級～六級は学歴による分類で、四級が高卒、五級が短大卒、六級が大学卒に相当する由。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;当時の産業構造や「実際の」女性の就業機会を考えればまあ自然ではあるが、この中で一番詳しく分類されているのは工員だ。確かに、工場での労働なんかは業種によってちがうだろうから、より具体的に書こうとしてるわけだな。実は、本文ではさらに細かく分けて説明されている。こんな具合。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;衣料関係の女子工員&lt;br /&gt;
　紡績・製糸工場&lt;br /&gt;
　織物工場&lt;br /&gt;
　メリヤス工場&lt;br /&gt;
　加工繊維製品製造工場&lt;br /&gt;
　染色工場&lt;br /&gt;
　刺繍工場&lt;br /&gt;
食料品関係の女子工員&lt;br /&gt;
　菓子製造工場&lt;br /&gt;
　飲料、調味品の製造工場&lt;br /&gt;
　缶詰瓶詰工場&lt;br /&gt;
化学製品関係の女子工員&lt;br /&gt;
　製薬工場&lt;br /&gt;
　化粧品製造工場&lt;br /&gt;
　石鹸製造工場&lt;br /&gt;
精密機械関係の女子工員&lt;br /&gt;
　時計製造工場&lt;br /&gt;
　レンズ工場&lt;br /&gt;
　光学関係計量その他各種器具製造工場&lt;br /&gt;
電気機械関係の女子工員&lt;br /&gt;
　電気などの製造工場&lt;br /&gt;
　ラジオなどの製造工場&lt;br /&gt;
印刷・製本関係の女子工員&lt;br /&gt;
　印刷工場&lt;br /&gt;
　製本工場&lt;br /&gt;
その他の女子工員&lt;br /&gt;
　製紙パルプ工場&lt;br /&gt;
　紙製品製造工場&lt;br /&gt;
　自動車、自転車製造工場&lt;br /&gt;
　陶磁器製造工場&lt;br /&gt;
　ゴム製品製造工場&lt;br /&gt;
　藤、杞柳品製造工場&lt;br /&gt;
　マッチ製造工場&lt;br /&gt;
　煙草製造工場&lt;br /&gt;
　その他の加工品製造工場&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;うむ。繊維、紡績関係とか、時計とかの精密機械系とかが詳しいあたり、当時の工業のようすがある程度わかって面白い。マッチもまだたくさん使われてた時代なんだねえ。「藤、杞柳品製造工場」というのも興味深い。「杞柳」はコリヤナギで、実際には「杞」のつくりは「己」ではなく「巳」で書かれていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;興味深い職業をいくつか拾ってみる。まず、一番最初に出ているオフィス・ガール。当時はBGと呼ぶのが一般的だったと思うがこの表現もあるんだね。都会的な印象で特殊な能力も求められないから、当時から人気職業だったらしい。こんなふうに書いてある。一部抜粋。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;オフィス・ガールといっても多少は技能があったほうがよく、そろばんができれば有利です。字もきれいに書き、ものごとをてきぱきと整理していく性能が必要です。不愛想では困りもので、人と親しくつきあえることも必要です。あまりコケティッシュになってはオフィスの雰囲気を妙なものにしてしまうので警戒されます。学歴や技能に特別の制限はありません。高等学校卒業程度、年齢は十八才から二十五才ぐらいまでです。採用試験も相当うるさく、特に面接試験に重点がおかれています。筆記試験はないところが多く、あってもそれほどむつかしいものではありません。実技試験も特別の必要がない限りはおこなわないのが普通です。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「性能」ってこういう使い方したんだね。「性能試験」とかいったらしい。もちろん、漢字とかも原文のとおりだから念のため。こういう昔の本見てると、「正しい日本語」なんていう言い方がいかに空しいか痛感させられる。この本のどこかにも出てくるかもしれないが（見つからなかったが）、この時代だと「全然」が肯定文にもふつうに使われてるし。「コケティッシュ」は最近はあんまり使わないことばだと思うが、当時は新しい表現だったんだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、オフィス・ガールに戻るが、給料は四千円から五千円ぐらい、とある。初任給を指してるらしい。ついでなので、他の職種の給料も挙げておく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;女子銀行員　一般のオフィス・ガールを少し上回る程度&lt;br /&gt;
デパート・ガール　初任給七千円程度、一、二年後には一万円近くに&lt;br /&gt;
エレベーター・ガール　五千円から七千円ぐらい&lt;br /&gt;
四級国家公務員　五九〇〇円&lt;br /&gt;
五級国家公務員　六六〇〇円&lt;br /&gt;
六級国家公務員　八七〇〇円&lt;br /&gt;
看護婦　八千円&lt;br /&gt;
一般電話交換手　七八〇〇円（中卒）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　八五〇〇円（高卒）&lt;br /&gt;
女子工員　四千円から五千円ぐらい（中卒）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ふむ。エレベーター・ガールとか電話交換手とかみたいな今はない職業がけっこういい給料だったりして、時代を感じるな。一種の技能職だったということなんだろう。ちなみに、1954年当時の労働省調べによる女子の初任給データも出ていて、中卒だと平均4828円、高卒だと6756円だったらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;時代を感じるといえば、「はとガール」。何だよ「はとガール」って。はとバスのバスガイド？「観光バスガール」は別の職業として書いてあるんだよ？どれどれと見てみると、こう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;東海道線の、特急はと、つばめに乗務して、旅行客の案内や世話をするわけですが、特急の、二等にのる客の大半は、有名人、あるいは外人、その他会社重役など高級な人達がのるので、この人達に接するサービス・ガールも、おのずから教養があり、品位を保たなければならないので、たいへんむずかしい仕事でもあるわけです。東京鉄道管理局で部内募集するときもありますが、一般公募をする場合もあります。募集時期は一定していません。採用条件としては、高等学校を卒業して、十八才から二十才までの人で、身長一五七センチ以上、均整のとれた健康体の持主であることがあげられており、英語ができ、人物もまず申し分ないことが、第二条件となっています。サービス業ですから、美しくて、愛嬌があり、親切な人が適しているでしょう。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;こういう職種があったのか。「はと」に乗るから「はとガール」なわけね。当然、「つばめガール」ということばもあったらしいが、それをまとめてこの本ではこう呼んでるんだろう。それにしてもこの解説文。「有名人、あるいは外人、その他会社重役など高級な人達」だって。「外人」ってこういうニュアンスだったんだねえ。今だとナニかね、いわゆる飛行機の客室乗務員の皆さんとかと似たニュアンスなのかね（今はあちらもずいぶんちがってきてる感じだけどねえ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに「スチュアーデス」のほうはこう。抜粋。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;新しい職業のなかで、若い女性のあこがれの的といえばスチュアーデスということになりそうです。それだけに競争率も激しく、応募資格、条件も相当うるさいようです。学歴は短期大学卒業以上、年齢十八才から二十五才まで、身長一五六センチから一六五センチまで、体重四五キロから五五キロまで、視力〇・五以上、英会話ができ、容姿端麗で、感じのよい人となっています。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;微妙にこちらのほうが上っぽいかな。1958年といえば、まだ海外旅行自由化（1964年）の前。ちなみにだが、「兼高かおる世界の旅」は1959年にスタートしたらしいから、改めてすごいねあの人。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、気になるのが、一部の皆さんに人気の職業「メイド」。いまやなんかちがったイメージになっちゃった「メイド」も、当時はばりばりにふつうの職種だったわけだ。「女中」という職種も別に載ってるわけで、じゃあ「メイド」はどう書いてあるかというと：&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;同じ女中さんでも、外人の家庭で働く人はメイドと呼ばれます。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;だって。シンプルだね。あたりまえといえばあたりまえだが、要するに外国人家庭の女中をメイドと呼ぶにすぎないわけだ。ちなみに女中さんの給与は住み込みの場合五千円くらい、とある。メイドさんはこれより少し上らしい。住み込みで賄い付きなら、これはけっこういい待遇。「お金を貯められる」と書いてある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういえば、これまた一部の皆さんに人気の職業である「声優」（この時代すでに「声優」っていう表現があったんだね）だが、ここでは「ラジオ声優」となっている。テレビ放送の開始は1953年。この本が出版された1958円といえば、その前年にやっとカラー放送が始まったところ。当時はまだNHKと日本テレビしかない。その翌年の1959年に皇太子（今の天皇）ご成婚をきっかけにテレビの本格的普及が始まるわけで、まだテレビは街頭テレビが主で、まさに普及の黎明期。初の連続テレビアニメである「鉄腕アトム」の放送開始は1963年。というわけで、当時、声優の仕事といえばまあラジオだったわけだな。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;ラジオの放送番組の中で、放送劇を演ずるのが、声優つまりラジオ・スタアなのです。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「ラジオ・スタア」かあ。&lt;a href=&quot;http://www.youtube.com/watch?v=X19iZ4CyJf0&quot;&gt;これ&lt;/a&gt;とか思い出しちゃうね。「映画や演劇関係の人も出演しますが、専門の声優は、放送局の放送劇団に属して仕事をしています」とある。「悲劇」の一歩手前の時代。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、職業スポーツ選手も面白い。ここに出ているのは、女子野球、競輪、女子プロ・レスリング、アイス・スケートの4つ。えっ女子野球？知らなかったのでぐぐってみると、&lt;a href=&quot;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%87%8E%E7%90%83&quot;&gt;Wikipedia&lt;/a&gt;に、1950年から1967年まで日本女子野球連盟（後に日本女子野球協会）なる組織があって、女子プロ野球があったと出てる。へええ。で、この本によると、当時、女子プロスポーツというのはこの4つだけだったらしい。女子プロレスは、1950年代に一度ブームがあったようだがよくわからない。女子競輪があったのは1948年から1964年まで、とこれも&lt;a href=&quot;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B6%E8%BC%AA%E9%81%B8%E6%89%8B&quot;&gt;Wikipedia&lt;/a&gt;情報。女子アイス・スケートもよくわからん。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こういう本を見ていると、各所に当時の職業観のようなものがあらわれていて面白い。いくつかピックアップ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;・・・仕事の性質として若さを重要な素質としている職場、たとえば、デパートの店員やバスの車掌または普通のオフィス・ガールは年を経るにしたがって不適格となります。このようなものを一時的な職業といって、特殊な技能や資格がいらず、容易に就職できます。もちろん女性には結婚して家庭の主婦になる、男性とは異なった生きかたがあるので、男性のように必ずしも自分の一生のものとして職業をえらぶ度合も少なくてすみますが、結婚までの社会勉強といった職業につくことは無意味ではありません。しかし、これらの職業といえども、年をとったらできないというわけではありません。じっくりと腰をおちつけて努力すれば、それ相応の地位にまで昇進して、後輩の指導・監督に当ることもあるでしょうし、それなりに熟練すればいつまでも活躍することができます。&lt;br /&gt;
（「女性にふさわしい職業とは」）&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「不適格」ってのはひどいね。職種自体に「ガール」のついたものがけっこうあるが、こういうのが「若さを重要な素質としている」仕事なんだろうな。とはいえ、がんばれば長く働けるとも書いてある。なんというか、前半と後半で矛盾してたりして、理想と現実のジレンマに苦しみつつの解説、といった趣。このころと比べて、今はだいぶ変わったといえるだろうか。あるいは、たいして変わってないといえるだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;会社の昼休みや退け時に、女のかくれ場所としてトイレットや更衣室には、賑やかなお喋りの花が咲きますが、同僚の噂話や、上役の悪口など、つまり、むかしからいう一種の井戸端会議になっては、新しい時代の職業婦人として恥ずかしいです。職場では、なるべく家庭の空気をもち込まないことが大切です。何となく自慢話になったり、結婚した女性は、夫や子供のことを話しがちですが、それではあまりに世帯染みて、職場の明るい気分がこわれます。男は四十、五十になっても、なお独身者のような若さをもっているのに女性が若さを失っては困ります。職場では若さが命です。&lt;br /&gt;
（井戸端会議は女の恥であること」）&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これもジレンマといえばジレンマだが、より明快に、新しい時代をつくろうという方向性を打ち出しているように思える。とはいえ、男が四十、五十になっても若さをもってるというのはちょっと変な感じ（んなこたねーだろ、と誰もがつっこみたくなるだろう）だし、そもそも男が井戸端会議的なことをしないかといったらする（喫茶店だの居酒屋だのでぐだぐだしゃべってるおじさんたちがしていることは、なんと呼ぶか別として井戸端会議とさして変わらない）わけだから、そのあたりはあんまり説得力ないだろうが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ともあれ、「新しい時代」へのよろこびみたいなものを強く感じさせる本ではある。なんというか、ちょっとまぶしいね。ひるがえって今の就活学生の方々は、希望を持ちづらいというある意味よりたいへんな状況なわけだが、ここはあえて突っ放しておきたい。時代による差はもちろんあるが、いくら「就活のバカヤロー」と叫んでも事態は変わらないし、政治の責任があったとしても（いやあると思うよ）、だからといってただ対策を待ってればいいというものでもない。いつの時代も就職に際して人は悩んできたわけだし、楽に就職できた人は後で苦労する、なんてこともあったりする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最後に、本文中に引用されている評論家の十返肇さんのことばを引用しておく。これは今でも通用するんじゃないかな。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;家庭にあっては、あなたは一粒種の可愛い娘であるだろう。愛人からいえば、たった一人のかけがえのない女性であるだろう。しかし、社会においては、あなたは別にそれほど貴重な存在でもなければ、選ばれた人物でもないのである。あなたが、社会的に貴重な存在たり得るかどうかは、まさに今後の予想し得ない可能性の問題であって、現在のあなたは何ものでもないのだ。あなたが船出してゆく社会には、敗残者とでもいうべき人物が何人もいるのを、あなたは見るであろう。たとえば、どこの会社にも、勤続何十年も働きながら、学歴がないためとか門閥がないために、いつまで経ってもウダツがあがらず、あとから来る若い人たちに追い越されてゆくような運命をもった人がいるものだ。あなたは、そういう人を決して軽蔑してはならない。その人たちでさえも――いや、むしろそういう人に限って、世間というもの、人間というものをよく知っているのだ。ことに、あなたなどよりも、はるかに彼の人生体験は豊富であり、社会の裏面をよく知っているものである。また同時に、さしたる手腕もないくせに、門閥のよさや、ちょっとしたお世辞の巧みさのために、実力以上の位置を得ている人も必ずそこにはいる。あなたは、そういう人間に対して決して心を油断させてはならない。勿論、若い女性がいつも、ヨロイカブトに身をかためたような武装をして、いたずらにお高くとまっているぐらい滑稽なことはないにしても、いつの場合でも必要以上のコケットリーをふりまいたり、卑屈になったりしてはいけない。要するに自然であれということだ。ポーズをつくるなということだ。社会の大人たちは、あなた方のポーズぐらいは見抜く力を必ず持っているのである。あなた方は、その眼のきびしさを恐れるとともに、また恐れて卑屈にならず、身についたところで処してゆくべきである。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;これから就職活動に向かう女子学生の皆さん（あ、もちろん男子学生の皆さんも）の健闘を祈る。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
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<dc:subject>You Are What You Read</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-08-03T09:26:23+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/n-08b-8214.html">
<title>ドコモN-08Bのモニターをさせてもらえるらしい</title>
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<description>AMNがドコモN-08Bのモニター募集をしていたので申し込んだら当ったとかで、モ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;AMNがドコモN-08Bのモニター募集をしていたので申し込んだら当ったとかで、モニターをさせてもらえるらしい。3回イベントに参加しなきゃいけないという条件つきだったのだが、まあいいやと思って第1回のイベントに参加してみた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://hyamaguti.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/07/30/img_0662.jpg&quot; class=&quot;mb&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Img_0662&quot; title=&quot;Img_0662&quot; src=&quot;http://www.h-yamaguchi.net/images/2010/07/30/img_0662.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;モニターに応募したのは理由があって、基本的にはこの機種についているアクセスポイントモードを試してみたかったからだ。カタログの説明では「N-08Bを無線LANのアクセスポイント（親機）として、パソコンでメール確認や、ニンテンドーDSなどのポータブルゲーム機でオンラインプレイを楽しむことができます」とある。4台までつなげるらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最近、iPhoneを使っているのだが、「某社」の3G回線の状況には正直いまひとつ不満をもつことが少なからずある。ああこんなときにドコモ回線を使えたらなあとかどうせ電話とかあんまりかけないんだし携帯電話がモバイルルータのように使えればいいのにとか思うのは人情というものであろう。それがこの機種があればできるわけだ。とはいえ、買って不満だったらつらいのも当然。そこへモニターの話がきたわけで、そりゃ飛びつくよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、実のところアクセスポイントモードがあるという以外N-08Bについてほとんど何も知らずにモニターに応募した、というのは先方には内緒。この日のイベントは、とりあえずいじらせてもらえるんだが、発売前なのでまだ持って帰れないとのこと。なんかめんどくさいが、まあ大人の事情というやつだろうから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;というわけで、そもそも予想というものがなかったのだが、実際に見た現物は、かなり大きかった。カタログデータではだいたい180mm×80mm×18.1mm、約300g。もはや携帯電話という領域ではない。開発側からすれば、机において、キーボードを両手で打つPCのようなスタイルで使われることを想定した由。したがって、電話も受話器のように持つのではなく、PCでスカイプを使うときのように向かい合って、あるいはヘッドフォンを装着して使う。もともと携帯電話を電話の目的で使うことはあんまりないので、この点はそれほど気にならない。Bluetoothのヘッドフォンを買うかどうか、だな。あと、カメラもGPSもないとか。このあたりはiPhoneを使う前提なら別に欠点ではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;形や機能は異なるが、印象は、ちょっとポメラを彷彿とさせるものがある。大きさの印象が似てるのと、似た使い方ができそうに思われたからだ。テキストエディタは1ファイル全角5000字まで。ポメラと比べてやや不満な感じだが、とりあえず、開ければすぐ使える、小さいが一応両手で打てる（練習すればブラインドタイプもできるだろう）、バッテリーが比較的長持ちする（カタログには「1回のフル充電で1日安心して使える」とある。連続待受時間1000時間、連続通話時間380分とも。実際、バッテリーはけっこう大きい。うれしいのはバッテリーが交換できること。ミッションクリティカルな機器であればいざというときにバッテリを交換できるのが当然だろjkと考えるタイプなので、某iPhoneは正直苦々しく思っていたところ。作ったテキストファイルはメールでEvernoteに送れるから、会議のメモとりなんかにもいいかもしれない。その意味では、高機能なポメラ代替機としても使えそう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;あと、外出先から自宅PCを使うLui機能ってのがあるんだが、デモを見る限りなかなか面白い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://hyamaguti.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/07/30/img_0659_2.jpg&quot; class=&quot;mb&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Img_0659_2&quot; title=&quot;Img_0659_2&quot; src=&quot;http://www.h-yamaguchi.net/images/2010/07/30/img_0659_2.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot;  /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実際に動いてるのはPCで、N-08Bはその画面を表示してるだけ。ここではエクセルが開いてる。画面全体を映すパターン、特定のウィンドウだけを映すパターンがあるらしい。動画とかもこれで見られる。PCは実際に動いてるので、PCのそばにいる人は何をやってるか全部わかっちゃうらしいけど。自分のPCではだめそうなのが残念だが、買い換えたら使ってみてもいいかも。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とりあえずこの携帯電話、8月発売。発売になったら改めて家に届くらしい。この日は試せなかったアクセスポイントモードを早く試してみたいところ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-07-30T00:48:03+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-b26a.html">
<title>男はつらいよ指数を国際比較してみる</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-b26a.html</link>
<description>自殺問題を論じるときに、自殺者の数や人口に対する比率を使ったりするわけだが、男女...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;自殺問題を論じるときに、自殺者の数や人口に対する比率を使ったりするわけだが、男女の比も重要なポイントかと思う。男性の方が高いというのはだいたいどこでも共通してるのだが、比にはけっこうな差がある。というわけで、自殺率の男女比をとって、それだけで国際比較をしてみた。「男はつらいよ指数」というのは若干ふざけた印象かもしれないが、もちろんふざけているわけではない。自殺率については&lt;a href=&quot;http://www.h-yamaguchi.net/2004/09/post_6.html&quot;&gt;以前にもちょっとだけとりあげた&lt;/a&gt;ことがあって、そのときに使った用語。久しぶりにデータを見たので書いてみたという話。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;本気でやるなら、もっといろいろやるべきことはあるんだろうが、ここではとりあえず、高い順に並べてみるだけ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;元データはWHO。「&lt;a href=&quot;http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide_rates/en/index.html&quot;&gt;Suicide rates per 100,000 by country, year and sex (Table)&lt;/a&gt;」。元の表をみていただければわかるが、調査年が国によってかなり開いてるのでその点ご注意。ちなみに日本のデータは2007年のものらしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、この男女別の自殺率データを使って男女比を出し、DIV/0と0の国を除いて高い順に並べたのがこれ。一応、一部の国をハイライトしてみた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;iframe width=&#39;370&#39; height=&#39;1750&#39; frameborder=&#39;0&#39; src=&#39;http://spreadsheets.google.com/pub?key=0Av3Of7Wz4GRHdF9NakZqOFhyTHJVcWJxWl95VlZseVE&amp;single=true&amp;gid=0&amp;range=a1%3Ae91&amp;output=html&amp;widget=true&#39;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これでみると、この中では日本はまあ低い方に入る。自殺率そのものについていえば高い方に入るというのはご存知の方が多いと思う（&lt;a href=&quot;http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html&quot;&gt;参照&lt;/a&gt;）が、男女差は国際比較上では小さい方というわけで、相対的にみて男があんまりつらくない国、ということになるんだろうか。これに対して欧米諸国は日本より高いところがけっこうある。逆に、アジア諸国では日本より低い国も多い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;興味深いのは、どうも地域的にクラスター化、とまではいわないが、比較的近い国の指数は似る傾向があるようにも思われる点だ。この点は、全体の自殺率についてもいえる。&lt;a href=&quot;http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide/suicideprevent/en/&quot;&gt;このページ&lt;/a&gt;の「Map of suicide rates」をみると、地理的に近い国の自殺率は似通っている傾向があるように見えなくもない。よく自殺に関しては、社会・経済・政治的な要因がいわれるわけだが、これらの中には、地理的に近くても大きく状況のちがう国が含まれているはずだ。文化ももちろん関係するはずで、その影響なのだろうか。おそらく専門家はきちんと分析してるんだろう。ここでは「塗り分けたみたいになってるねえ」ぐらいで止めとく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに年代別にみるとどうなるかというと（&lt;a href=&quot;http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide/suicide_rates_chart/en/index.html&quot;&gt;参照&lt;/a&gt;）、こう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　M　　　　F　　　M/F&lt;br /&gt;
05-14　　1.5　　　0.4　　3.75&lt;br /&gt;
15-24　　22.0　　4.9　　4.49&lt;br /&gt;
25-34　　30.1　　6.3　　4.78&lt;br /&gt;
35-44　　37.5　　7.7　　4.87&lt;br /&gt;
45-54　　43.6　　9.6　　4.54&lt;br /&gt;
55-64　　42.1　　10.6　3.97&lt;br /&gt;
65-74　　41.0　　12.1　3.39&lt;br /&gt;
75-  　　 　　50.0　　15.8　3.16&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それほど世代によって差は出ないようだが、若い方が指数が高めに出る傾向がありそう。あと、過去50年でみると、世界的にみて指数は上昇傾向にあるようだ（&lt;a href=&quot;http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide/evolution/en/index.html&quot;&gt;参照&lt;/a&gt;）。これも国ごとにやるともっといろいろわかるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから何だというほど深い意図はない（実際に男がつらいのかどうかを論ずるつもりもあんまりない。本気でやるならもっといろいろな要素が必要なはず）が、強いていうなら、いろいろデータみていると意外なことがわかったりするね、というぐらいの話。ことがことだけにつっこみづらかったりするが、思い込みやムードだけではいけないよね、と思う。特に最近は、そういうムードを使って主張を通そうとする人たちがけっこういたりするような気もするので。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;iframe src=&quot;http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=realoptionsja-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4004310288&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr&quot; style=&quot;width:120px;height:240px;&quot; scrolling=&quot;no&quot; marginwidth=&quot;0&quot; marginheight=&quot;0&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;iframe src=&quot;http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=realoptionsja-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4763184105&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr&quot; style=&quot;width:120px;height:240px;&quot; scrolling=&quot;no&quot; marginwidth=&quot;0&quot; marginheight=&quot;0&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;iframe src=&quot;http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=realoptionsja-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4106036401&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr&quot; style=&quot;width:120px;height:240px;&quot; scrolling=&quot;no&quot; marginwidth=&quot;0&quot; marginheight=&quot;0&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;※追記&lt;br /&gt;
ちょっと最後が食い足りない感じなので書き足す。自殺率は近年、非正規雇用だとか経済の先行きだとかいろいろな問題の「象徴」として「活用」されてるわけだが、その中にはなんだか都合よく「つまみ食い」してるようなものがあるような気がする。たとえば、日本の自殺率が高いことをもって社会の失敗のようにいう人がいるが、日本の自殺率が世界平均より高いのは60年前でも同様だったのであって、単純にレベルが高いことだけでは昨今の経済社会情勢が原因とはいいがたい（しかも、地理的に近いところは自殺率の水準が似てるとなれば、なんらか文化的要因があると考えるほうが自然だ）。もちろん、2000年以降日本の自殺率は上がってるわけだが、女性の自殺率はこの40年ほどの間ほとんど変化していない。男性の自殺率上昇が全体を引き上げてるわけだ（あと、個人的には、日本の自殺率トレンドの変動幅が妙に大きいのではないかという気もしなくもないのだがよくわかんないのでおいとく）。一方、世界全体では、この50年間で、男性も女性も自殺率はゆるやかに上昇しているわけで、少なくとも日本の女性に関しては、問題は過去と比べて必ずしも悪化してるようにはみえない。別に女性の自殺が問題でないとはいわないが、少なくとも、ごっちゃにした議論、我田引水の議論はどうかと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ちなみに&lt;a href=&quot;http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/book/book1.pdf&quot;&gt;こちらの資料&lt;/a&gt;をみると、「なぜ女性の自殺率が男性より低いのかを説明しようとする人はあまり多くはありません」とあるから、あまり研究者の関心を引かないテーマらしい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>へえなるほど</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-07-26T11:20:18+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-f585.html">
<title>「海原雄山の憂鬱」とコンテンツビジネスに関するちょっとした考えごと</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-f585.html</link>
<description>以下の文章は、情報技術の発達によって、社会のいろいろな分野で変化が起きてきている...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;以下の文章は、情報技術の発達によって、社会のいろいろな分野で変化が起きてきているわけだが、その起き方には共通の要素がみられることがよくあるよね、というよくある類の話だ。似たようなことをいっている人も少なからずいるだろうし、自分としても以前からあちこちでしたことのある話であって、ひょっとしたらこのブログにも似たテーマで書いたことがあるかもしれないから、いろんな意味で新味はない。海原雄山を引き合いに出したのはまあ新しいといえば新しいが、これは一種のネタだ。あらかじめ念のため。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ここでいう情報技術の発達による変化というのは、ごくあらっぽくいえば、これまで難しかったことが比較的簡単にできるようになる、みたいな話だ。もちろん何でもできるというわけではないが、少なくとも、文章、映像や動画等からなるコンテンツをつくり、伝えることに関していえば、昨今の進歩は非常に大きい。これまでプロが、高度な技術をもったたくさんの人員や、高価な機械や施設、それらを動かすための多額の費用をもって臨まなければできなかったことのうちかなりの部分は、素人がネット接続されたPCと安価なソフトウェアでも可能になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とはいえ当然、素人の作ったものは、プロのものに比べて質が落ちることが多い。目の付け所、取捨選択のセンス、あるいは微妙な調整の具合、さらには効果的な伝え方、宣伝の仕方など、優れた才能や長年の経験をもってしかできない技のようなものはたくさんある。そういうものを身につけたプロにいわせれば、素人の作るものに見るべきものはなく、せいぜいまがいものだったり素人芸だったりで、たいした価値はないのだ、ということになるんだろう。この種の議論は、あちこちの分野で聞かれる。道理といえば道理で別に異論はないが、1点、この議論には抜け落ちていることがある。利用者、消費者の側が求めるのはいったい何か、という視点だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで海原雄山を引き合いに出す。もちろん、「美味しんぼ」の登場人物だが、実際にはこの作品をほとんど読んでいないので、要するに「こだわりの強い美食家」ぐらいの意味合いでとらえている。私がわずかに覚えているマンガ初期の描写では、料理が気に入らないとお膳をひっくり返してどなりちらすような人物だったと思う（その後設定が変わって、という話がWikipediaに書いてあるが現物を読んでないので知らない）。要するに、このキャラクターが実際にどう設定されているかはともかく、おいしいものを見分ける能力、おいしいものに対するこだわりがあるがゆえに、そうでないものを許さない態度をとってしまう人、とここではしておこう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この種のものとはおよそ縁遠い私が想像するに、もしこういう人が実際にいたら、さぞかし日常生活がめんどうで苦痛なのではないか。海原雄山はおそらく自ら経営する美食倶楽部で毎食おいしいものを食べさせてもらえるのだろうが、実際にそういう立場の人はそう多くないわけで、仮においしいものにこだわろうとすると、街中で簡単に食事をとることもなかなかできなくなる。うまくそういう店を知っていたり、見つけられればいいが、そうでなければ空腹に耐えるか、仕方なく入った料理屋で気に入らない料理をがまんして食べるかという選択を迫られるわけだ。そんな状況を、仮に「海原雄山の憂鬱」と名づけてみる。目利きの能力があり、こだわりがあるがゆえに、レベルの高いもの以外では満足できないつらさ、ぐらいの意味だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;現実には、こういう人は少ないと思う。人はけっこう柔軟にできていて、それなりのものはそれなりに受け入れたりする。味が気に入らなくても、こういうのもありだよね、まあがまんできるか、空腹よりましだ、と納得できるわけだ。さらに、食事の満足度というのは味だけで決まるのではない。場所、日時、同席者、価格、そのときの気分、作った人との関係性など、さまざまな要素が影響していて、それらの条件が異なるものは、あまり比較の対象にならない。たとえばの話、自分の家で家族が作った夕食と、「吉兆」の懐石の優劣を論ずることに意味があるだろうか。食べる側はたいてい、「何が何でもおいしくなければだめだ」とも「おいしければ他はどうでもいい」とも思っていないのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;同様のことが、多くのコンテンツにもあてはまるだろう。自分の子供が弾くつたない「キラキラ星」とホロヴィッツが弾くショパンの優劣を論ずる意味はないし、「○○の新曲は高音の伸びがいまいち」とか言い放っちゃう「音楽通」がカラオケで友人のへたくそな歌に大喜びで拍手したりしてもおかしくない。自分がファンなら誤字だらけのタレントブログだって読んで楽しいし、テレビ見ないで素人のUstream中継を見るのに熱中したりすることもある。もちろん程度問題ではあるが、少なくともある程度、コンテンツの質は、自分と提供者との関係その他、さまざまな要素と相互補完関係にある。業界風にいえば、「アイボール」（個人的にはこのことばは「オフ会」の意味を連想してしまうが）を競う相手は、プロだけではないということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とすれば、現在のプロの方々が「自分たちプロの作ったものの方が価値がある」と考えるのは、それ自体まちがってはいないが、「だから買ってもらえるはずだ」までくると、「海原雄山の憂鬱」を過剰に評価していないか、との疑問をはさまざるを得ない。料理の世界でもそれ以外でも、「海原雄山」のような人がそう多くはいないとしたら、その考え方にはあまり説得力はないということにはならないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今と似た変化は、過去にもあった。音楽でいえばラジオやレコードの普及だ。録音や放送といった技術の進歩は、それまで数多くいたプロ音楽演奏者の仕事の多くを奪ったはずだが、同時に数多くの一般庶民に音楽とともにある生活をもたらした。書籍でいえば活版印刷の普及がそれにあたるかもしれない。安価に本を製造する技術の発達は、美術的な装飾を施した高付加価値の書籍の市場を縮小させたかもしれないが、一方で数多くの読み手、書き手にチャンスを与えた。演劇と映画、テレビの関係も似ているかもしれない。「安価な代替物」であるレコードや映画に職を奪われた演奏家や演劇人たちは、「あんなものはまがいものだ」といいながら去っていったのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一方、そういう専門家により近い領域での争いとはちがったところで、人々が以前から身近に楽しんできたコンテンツ、たとえば家族で歌う歌や、村の若い衆が演じる劇みたいなものがあった。それらの中には、特定の文脈で価値を持つものがあったりする。縁日の焼きそばがうまく感じられたり、友人とのバーベキューが店で食べるよりおいしかったりするのと同じだ。業界の人ならソーシャルとか何とかいうだろう。そうしたものの可能性が広がってきているのが現在の変化なのかもしれない。この動きもまた、かつてと同じように、それまでプロとして活躍してきた人たちの少なくとも一部の職を奪う可能性がある。それに対する反発も、かつて起きたこととよく似ている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そういう変化に際して、現状を守るために規制を持ち出したり、公金を出させようとしたりする考え方は、もちろん例外もあるだろうが、基本的にあまり筋のいい考え方とは思えない。ある大きな流れが起きるときにはそれなりに理由があるわけで、それを無理にねじまげようとしても、たいていうまくいかないことは歴史が証明している。むしろ、いかにうまく対応するかを考えた方がいい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;レコードの普及で失職した音楽家たちはどこへ行ったのだろうか。他の職業に就いた人が多いのだろうか。一部は音楽教室なんかで教える立場に回ったかもしれない。音楽からまったく離れてしまった人もいるのだろうが、なんらかのかたちで音楽に関わり続けた人も少なからずいたはずだ。そうした人たちの「末裔」（象徴的な意味で）は今、新たに獲得した道具であるPCとネットを使って、新たなかたちで音楽の発信を始めている。ビジネスとしての音楽（金額で計測される）が仮に縮小したとしても、文化としての音楽まで縮小してしまうとは限らない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だから放っておいても大丈夫、などとはもちろん思わない。少なくとも現在の過渡期にはいろいろな摩擦が起きるし、落ち着いた後にどうなっているかも今はまだよく見えない。経済産業省の境真良さんが最近、「生態系」ということばをよく使っていて、うまい表現だと思う。人為的な介入なしに、自律的に生存可能な環境が保たれるのが生態系だ。さらに重要なのは、生態系は変化の途中でも生息可能であり続けなければ保たれないということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;作り手がコンテンツを生み出す活動にも、それを支える環境がいる。それを生態系とみるなら、環境が大きく変化しつつある今は、これまでの「生態系」が維持不可能になった状態といえる。新たな「生態系」のあり方を探るだけでなく、そこまでどうやって変化していくかも問題となるわけだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;業界の中の人にとっては、それは放っておけば自然にできるというものではなく、むしろ各社、各人がそれぞれ動きまわる中で作り上げていくものだ。うまく対応すれば生き残りの確率は高まるし、うまくなければその逆になる。今だと、お金が流れこまなくなってきている状況に対して、お金が流れ込む新たな道を作ろうとしてるところが多いんだろう。個人的には、それだけじゃなくて、少ないお金で生き延びる方策を探る方向、力をつけた素人を生かす方向みたいなものもあった方がいいんじゃないかと考えたりしてて、できる範囲で何かできないかなとか考えてるわけだが、そろそろエネルギーが切れてきたので、本日ここまで。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-07-21T03:23:39+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-44d4.html">
<title>もう日本語は守ってくれない</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-44d4.html</link>
<description>手短に。他の場所だとどうなのかよくわからないが、都内でコンビニに入ると、店員の中...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;手短に。他の場所だとどうなのかよくわからないが、都内でコンビニに入ると、店員の中にたいてい1人は外国人がいるようになってきた。名札から察するに、中国、韓国、ベトナム、インドネシア、等々出身はさまざま。単なる主観だが、完全に「定着」したような印象がある。当然そういう場所では日本語を使うわけで、ちょっとたどたどしく聞こえる場合もあるが、たいていの場合は問題なく通じる。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;似たようなことは、他でも起きているだろう。飲食店なんかは典型的だ。最近あまり近寄らないのでわからないが、建設現場もそうなっているかもしれない。製造業でもそうなってるという話は報道等でよく聞く。国内にいるわけではないだろうが、先日HPのテクニカルサポートに電話したときに対応してくれた中国人っぽい担当者も、それなりに複雑な質問に対してほぼ完璧な回答をくれた。ソフトウェア開発だって、最近は海外に下請に出すのはむしろ普通になってきている。医療とか看護みたいな資格がいる領域は難しいだろうが、正直なところ、あれは職域保護のため意図的に排除してるとみたほうが近いように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;昔は製造業だけの問題で、何より海外での問題だった。日本の企業が日本で製造していたものが、海外生産に移っていく。海外から工場労働者が大量に流入することはあまりなかった。サービス業に外国人が進出してくることも少なかった。それは、資本と比べて労働の移動が難しかったからだ。いろんな理由がある。移民の制限もあるし、労働コストの問題もあるわけだが、その有力な1つが、「日本語」だった。少なくとも、そう思われていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「日本語は世界一習得が難しい言語」みたいな、根拠があるんだかないんだかわかんない言説がまことしやかに語られ、それが「どうせ日本は外国人があんまり興味持たない辺境の国」みたいな意識とあいまって、外国人は日本語を話さない、という固定観念ができあがったのではないかと想像する。ちょっとでも日本語を話す外国人がいればすぐ「日本語お上手ですね」と言ってしまう思い込みもそのあらわれ。ここで日本語は言語障壁、外国人から日本と日本人の市場を「守る」「防壁」のような存在と認識されていた。日本語の壁があるから、外国人が日本で働く、特に接客のような仕事をするのはなかなか難しいだろう、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;それがもはや通用しないのだな、というのが改めての感想。その他の障壁はともかく、少なくとも日本語は、かつて考えられていたほどの障壁ではないということが明らかになったわけだ。世界における日本のプレゼンスが上がった結果でもあろうから、嘆く必要はないとも思うが、国内でドメスティックな仕事をする日本人にとっては、これは少なくとも当面、リスク要因、というか報酬ダウン要因になりうるわけで。それで経済が活性化するならそれはそれで必ずしも悪いとはいいきれないのかもしれないが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;たぶん他の国でも、似たようなことはあるんだろう。アメリカを考えてみれば、ひとくちに英語といってもさまざまな訛りがあるわけで、多様な「英語」との共存が日常なんだろう。というか英語話せない人だってけっこういるわけで、そういう人たちも含めて社会やら経済やらが成り立ってる。日本にも、外国語のほうが通じやすい地域とか場所とかはすでに出てきてるんだろうな。それもまた日本の一部。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;だからどうだというわけではない。もちろん考えるところはあるが、それは別の機会に。ただ、意外にすんなりと進んでいくもんなんだな、というのが今日のところの正直な感想。大きな変化は、こうしてむしろ静かに起きるものなのかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;iframe src=&quot;http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=realoptionsja-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4840126739&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr&quot; style=&quot;width:120px;height:240px;&quot; scrolling=&quot;no&quot; marginwidth=&quot;0&quot; marginheight=&quot;0&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;iframe src=&quot;http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=realoptionsja-22&amp;o=9&amp;p=8&amp;l=as1&amp;asins=4840131945&amp;fc1=000000&amp;IS2=1&amp;lt1=_blank&amp;m=amazon&amp;lc1=0000FF&amp;bc1=000000&amp;bg1=FFFFFF&amp;f=ifr&quot; style=&quot;width:120px;height:240px;&quot; scrolling=&quot;no&quot; marginwidth=&quot;0&quot; marginheight=&quot;0&quot; frameborder=&quot;0&quot;&gt;&lt;/iframe&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>なにをいまさら</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-07-19T01:01:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-3718.html">
<title>「マニフェスト政治」とのつきあい方を考えてたらわかんなくなってきた</title>
<link>http://www.h-yamaguchi.net/2010/07/post-3718.html</link>
<description>参院選が終わった。結果については思うところがないでもないが面倒なので別の機会にす...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;参院選が終わった。結果については思うところがないでもないが面倒なので別の機会にする。ここでは、「マニフェスト」（でも選挙公約でもなんでもいいが）を掲げて争われた選挙戦で、再びねじれ国会となっちゃった点についていったいどうするんだろう、と思ったりしてる件について。少なくとも今の政権は参議院では半数未満しかいないわけで、野党の協力がなければ大半の法案は成立させられない。協力を求めたければ、マニフェストを修正せざるを得ないのではないか。そう思っていたら、2010年7月14日付朝日新聞に曽我豪編集委員名で「民主党挫折の先(中)　手作りの多数へ　対話を」と題した記事が出ていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、つらつら考えていたら、どうもよくわからなくなってきた。マニフェストがっていうより、マニフェストの論じられ方が。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;記事は、大平正芳氏が自民党幹事長として与野党伯仲状態の国会で提唱した部分連合の例をひいて、こういう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;部分連合は国会対策上の小手先の技術ではない。交渉相手の向こうに自分と異なる意見の存在を見、反対、少数意見を組み込むことで広範ま国民の声を施策に反映させる。自説を押し通すだけの乱暴な多数の力でなく、説得と議論で手作りの多数を目指すしなやかな包摂の力こそが、いま求められる強い政治の条件だろう。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;要するに、安易に連立に走るのではなく、対話を通じて合意できる部分を探り、案件ごとに決めていくべきだ、ぐらいの話になろうか。連立となれば、意見のくいちがいに目をつぶって合意したことにしてとりあえず政権立ててポスト分け合って、で、後でああだこうだもめて、意思が通らなかった方は連立を離脱するだのしないだのやって、政治家の皆さんは言い訳に追われて、で、政治への信頼が失われたとメディアが書きたてて、というのがお決まりのコースになってる。いつもいつもこれじゃあまりにも建設的じゃないだろいかんだろなんとかしようぜということかと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;考えてみれば至極道理ではある。選挙にあたっては、他ではなく自分たちのグループに投票してほしいわけだから、他とちがう政策目標を掲げるのが当たり前で、ということは政党間で政策がすべてぴったり一致することなどありえない。で、結果としてどれか1つのグループの意見が全部通る状況になるなら、よしあしは別として少なくとも争いにはならないが、そうでなければ当然、多数を形成するために意見のすりあわせが行われる必要がある。そこで自分はまったく譲らない、お前だけが譲れと言い合っていては、話し合いになりようもない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも間接民主制は、代表として選ばれた者に「操りロボット」となることを強いるものではないだろう。その判断能力を生かし、状況に応じて適切に行動することが期待されているわけで、その中には当初公約なりマニフェストなり、自分たちが掲げた目標の修正も含まれてしかるべきだ。もちろん、何でも譲り合って決めればいいとは限らないが、その余地がまったくないというのもおかしい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;さてそこでマニフェストとの関係が問題となるわけだ。マニフェストって具体的に数字とか挙げてあって、政権とったらそれを実行するっていう約束みたいにみえるし、実際に政治家の演説とか聞いてると、「国民の皆様とのお約束」みたいないいかたをしてるケースがよくあるように思う。マニフェストに入れた項目を変えることは約束を破ること、ウソをつくことになるんだろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;マニフェストなるものをどうみるかについてはいろいろ意見があるのかもしれないが、もともとの考え方はどうだったのか。日本にマニフェストを持ち込んだ（と記憶している）北川正恭氏率いる早稲田大学マニフェスト研究所のサイトのFAQには「&lt;a href=&quot;http://www.maniken.jp/faq/index.html&quot;&gt;マニフェストって何ですか&lt;/a&gt;」という設問があって、とっても長い説明が書いてあるのだが、端的にはこういうことらしい。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;事後検証可能な公約、「政権公約」のことをマニフェストといいます。&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;ふむ。じゃあ公約はどうかというと「事後検証不可能なばらまき型のことを公約といいます」と書いてあって、これはさすがにひどいだろうと思うが、まあ要するに、選挙の際に政治家がいう「当選したらこれやります」という類のもの、ぐらいにとらえておけばそれほどちがわないだろう。で、それがこれまであんまり軽く扱われてきたから、事後検証可能にして、国民の目でチェックできるようにしようというのが、マニフェストなるものを提唱する趣旨ということのようだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;これを前提とすれば、いったん決めたマニフェストを後で見直すこと自体だめということではないように思われる。「事後検証」の際に、事情が変わりましたのでこうします、と説明できればまあいいわけだ。それじゃあ約束にならないという意見もあろうが、そこは程度問題。あとは説明をどのくらいていねいにするかという問題でもあるし、次の選挙でさあどうする、という問題でもある。最終的には有権者自身が問われることになるわけだ。少なくとも、「事後検証可能」ということは、事後変更不可ということではない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もうちょっと突っ込んで考えてみる。あるマニフェストを掲げた政党に多数を与えなかったのが民意であるとするならば、その政党が多数を実現するために他の政党と議論をする中でマニフェストを修正していくのもまた民意の支持するところのはず。そもそも、マニフェストによって政治家が約束する相手は、支持者ではなく有権者全体であるはずで、それに対して有権者が総体として示した判断が選挙結果であるわけだから、一定の支持を受けたその他のマニフェストとすり合わせ、支持を受けた程度に応じてそれを取り入れていくことのほうが、むしろ有権者との約束を守ることになると考えるべきではなかろうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;もしこういう理解でいいのだとしたら、今よくみる議論のやり方、つまりマニフェストそのものより、それが実現できなかったら辞めるとか辞めないとかそういうところばっかり注目する議論、マニフェストの変更自体を責めるような議論は、あまり建設的でないということにはなるように思う。むしろ、必要に迫られて変更に至る過程を検証することの方が重要ではないか。次の選挙のときまで、マニフェストが選挙後どう扱われたかを覚えておこうとすることの方が重要ではないか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;で、やっぱりわかんないわけだ。結局こういうのはエージェンシー問題の典型的な一類型なわけで、だとすれば私たちが考えるべきは、どうしたら政治家の方々が、マニフェスト（なり公約なり）を通じて、私たち全体の利益になるような行動をとってくれるかを考えることだろう。それは、現実に直面して柔軟に対応すべき政治家をやれうそつきほらうそつきと批判して、メンツを守りたい彼らを頑迷な態度に走らせることじゃないはずだ。当事者が我田引水を狙ってそういうのならまだわからなくもないが、メディアがそういう議論に走ってるケースがけっこうあったりするのはなんとも理解できない。ひょっとして、あれは世論を誘導しようとしてるんだろうか。やっぱり、よくわかんない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ここがわからない</dc:subject>

<dc:creator>HYamaguti</dc:creator>
<dc:date>2010-07-18T22:18:31+09:00</dc:date>
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